「炭鉱は危なかぞ。でも、飯だけは食えるらしか」 海面下およそ1000メートル。 気温30度、湿度90%を超える坑道で、男たちは8時間、石炭を掘り続けた。 落盤、メタンガス、坑内火災――明日も地上へ戻れる保証はない。 それでも給料は、本土の同年代よりはるかに高かった。 映画館も、酒場も、テレビもある。 その一方で、島には川も水源もなく、海が荒れれば野菜も魚も届かない。 財布に金があっても、店の棚に物がなければ買えなかった。 ところが戦後の食糧難でも、坑夫たちの茶碗には白い飯が盛られていた。 「水さえ足りない島で、なぜ米だけは途切れないんだ?」 男が米穀通帳を開くと、一般世帯にはない一行が記されていた。 《鉱物採取者》 その文字の隣には、日本が海底で働く男たちへ米を優先して回した、重い理由が隠されていた。