"軍艦島、命をつないだ白い飯" 第6話
しかし完全なではない。
坑の周囲には灯りがあり、社宅にもぽつぽつと窓かりが残っている。
これから交代へ入る者が、男とすれ違った。
「お疲れ」
「ってきます」
たったそれだけ言う。
男は瞬、ち止まった。
自分はを終えた。
相は今から始める。
同じ底へ。
同じ暑さのへ。
同じ危険のへ。
男は社宅へ戻った。
そっと戸をける。
妻が目を覚ました。
「ご飯は?」
「堂でちゃんぽんってきた」
「そう」
それだけ言って、また布団へ戻る。
男も横になった。
腹のには温かい汁が残っている。
数眠れば、また次のが始まる。
事は祝宴ではなかった。
次の交代まで体をつなぐ、静かな区切りだった。
島の卓が豊かだったといっても、それは「が来る」という提のに成りっていた。
ある、朝からが荒れた。
が護岸へ当たり、波しぶきがくがる。定期の予定刻を過ぎても、港には見えなかった。
妻は買い物へたが、すぐに戻ってきた。
「今は駄目」
買い物籠のには、漬物と乾物がしだけ入っていた。
「魚は?」
「ほとんどない。野菜も昨の残りだけ」
男は窓からを見た。
はある。
財布も持っている。
だがの向こうから届かなければ、買う物そのものがない。
「米は?」
「まだある」
妻は米櫃を叩いた。
その音を聞いて、男はしした。
米がある。
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それだけで卓のは守られる。
だがが頼みだった代には、この程度の嵐でもはもっときかった。
みを優先する。
米を研ぐを減らす。
洗濯をへ回す。
呂はで済ませる。
限られた真を、族全員が計算しながら使う。
対岸から底が通った、そのはきく軽減されたが、それ以の端島では、が荒れることと台所のが減ることが直接つながっていた。
男は妻からその頃の話を聞いたことがあった。
「お母さんがね、だけはこぼすなって、子どもの頃ずっと言ってた」
「飯より?」
「飯は落としたら拾えるでしょ。はにこぼしたら終わり」
男は笑えなかった。
島の豊かさを象徴するテレビ。
映画館。
パチンコ。
い料。
等なべ物。
そのすぐ横で、杯が貴品だった代がある。
このつは矛盾しているようで、どちらも端島の本当の姿だった。
そのの夕は簡単だった。
飯。
乾物を使った煮物。
漬物。
噌汁。
魚はない。
肉もない。
息子がし満そうに言った。
「昨の方がよかった」
妻が睨む。
「が来ないんだから仕方ないでしょう」
男は飯をへ入れた。
分うまかった。
むしろ、こういうほど飯のありがたさがよく分かる。
、男は窓際で煙を吸った。
ではがまだい。
「は来るかね」
妻が言う。
「来るだろ」
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根拠はなかった。
それでもそう答えた。
この島では、が来なければ活そのものが細っていく。
べ物だけではない。
郵便。
荷物。
。
の世界とのつながり。
すべてを越えてやってくる。
男は煙を吐きながらった。
端島に畑はない。
きな漁港もない。
源もない。
それでも何千ものが暮らし、飯をい、子どもを育て、酒をみ、映画を見ていた。
なぜそんなことが能だったのか。
答えは単純だった。
から運び続けたからだ。
そして運び続けるだけの理由が、この底にあった。
炭。
その黒いが必とされている限り、島へも米も野菜も映画もテレビも運ばれてきた。
豊かさの正体は、島が何でも持っていたことではない。
何もない島へ、必な物を絶えず送り込む力があったことだった。
端島の社宅では、の暮らしがかった。
狭いへくのをまわせるため、鉄筋コンクリートの集宅が次々に建てられた。本でもい期の鉄筋層宅としてられる30号棟をはじめ、島には幾層もの社宅がち並んだ。
部は決して広くない。
共同設備を使う宅もある。
隣の声が聞こえる。
階の音が響く。
夕の匂いも壁を越えてくる。
男のでも、夕方になると様々な匂いが混ざった。
魚を焼く匂い。
噌汁。
煮物。
には肉を焼く匂い。
「あそこの、今は肉やね」
息子が言う。
「のの匂い嗅ぐな」
「勝に来るんだもん」
確かにその通りだった。
数分には、今度は自分たちの焼き魚の匂いが廊へ流れていく。