"軍艦島、命をつないだ白い飯" 第1話
面から、およそ1000メートル。
京スカイツリーの先端よりもさらにい所に、そのも坑はをけていた。
端島――に「軍艦島」と呼ばれることになるこのさな島では、に朝が昇ろうが、夕が沈もうが、底の炭鉱は止まらない。坑内は83交代でき続け、働く者にとっての「朝」や「夜」は、島の計とは必ずしも致していなかった。
ここでは、当の記録に残る暮らしをねながら、端島で働いたの坑夫のを追ってみたい。
男が作業着に袖を通した、社宅の窓のはまだ暗かった。隣の部では子どもが寝返りを打ち、共同廊の向こうからは、別のの戸を閉める音が聞こえる。壁のい鉄筋アパートでは、朝を作る鍋の音も、子どもの泣き声も、夫婦のさな言い争いさえ、完全に隠すことはできなかった。
妻は男のに飯を置いた。
い飯と噌汁、それに漬物。夜勤へ向かうなら、世では夕飯と呼ばれるにそれをべることもあれば、け方くに「朝飯」をべてから眠ることもあった。
「今は暑くなりそうね」
妻がそう言っても、男にはの気温などほとんど関係がない。
これから向かう所は、季節を問わず蒸し暑かった。
島のへ続くケージに乗り込む。縦坑を気にりていく、初めて働く者のには、腹のが浮きがるような覚に襲われる者もいた。
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数百メートルを急し、そこからさらに斜坑をるへ乗り換える。
傾斜がきついため、を向いて座るのは難しい。
坑夫たちはろ向きに腰をろし、暗のをさらに底くへ運ばれていった。
誰も声で話さなかった。
慣れているから怖くないのではない。毎同じを通ることで、怖さをにさなくなっただけだった。
やがてが止まり、男たちは狭い坑を歩いた。岩肌から染みしたが元を濡らし、湿った空気が肌にまとわりつく。切羽にづくにつれ、空気はさらにくなっていった。
気温は30度ほど。
湿度は90パーセントを超えることもある。
炭層そのものが急な角度でっている所もく、きな械をうように入れられない。結局、が体を折り曲げ、汗を流しながら掘りめなければならない所が残った。
男が額をぬぐう。
まだ仕事は始まったばかりなのに、作業着の背はすでに濡れていた。
暑さだけなら耐えられる。
怖いのは、目に見えないものだった。
メタンガス。
落盤。
坑内災。
炭を掘るという仕事は、ので械をかすこととは違う。さっきまで何もなかった岩盤が崩れ、目には見えないガスが溜まり、ひとつのが命を奪うこともある。
だから坑内では気は厳禁だった。
煙をくわえることなど、もちろん許されない。
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男の腰には筒があった。蒸し暑い坑内で働けば、汗とともに量の分と塩分が失われる。それでも好きなにへて涼むことはできない。
に入ってくるのは、岩を削る音と械の振。
それから仲のい掛け声。
「くぞ」
「気をつけろ」
「そこ、浮いとるぞ」
危険な所ほど、言葉はくなった。
誰も「今も無事に帰ろう」などとは言わなかった。
それを言葉にすれば、かえって吉になるような気がしたのかもしれない。
8。
ただ計だけを見れば、珍しい労働ではない。
だが、面から1000メートルくにある蒸し暑い坑で過ごす8は、の8とは違っていた。
男は々、のちゃぶ台をいした。
昨の晩、息子が最の切れだった焼き魚へ箸を伸ばし、妻に「お父さんの分でしょう」と叱られていた。
男は笑って、その魚を息子の茶碗へ入れた。
「また買えばよか」
島には魚がある。
野菜も買える。
酒もある。
映画館も、パチンコもある。
なら、本の同代の男たちよりずっとく稼いでいる。
それでも坑内へ入るたび、男は妙なことを考えた。
をたくさん持っていることと、次の飯をえることは、同じではない。
この底から戻れなければ、何もがないからだった。
交代のが来た頃、男の作業着は汗と炭でくなっていた。
切羽をれ、来たと同じを戻る。