"軍艦島、命をつないだ白い飯" 第9話
腹が減る。
喉が渇く。
汗をかく。
疲れる。
怖い。
酒をみたい。
族と飯をいたい。
ごく普通のだった。
だからこそ、の最を支えたのは、げさな言葉ではなかった。
炊きたてのい飯。
尾の焼き魚。
漬物。
温かい汁。
堂のちゃんぽん。
そして仕事を終えたの杯の酒。
その何でもない事をもう度べるために、男たちは翌もケージへ乗った。
面からくれたへりていき、炭を掘り、再びへ戻ってくる。
端島がまだ眠らない炭鉱の島だった頃。
坑夫たちの命がけのは、豪華な宴会ではなく、なほど普通で、そして何よりい杯の飯によって締めくくられていた。
そのい飯の向こうには、い賃も、国の政策も、会社の仕組みも、も定期も、危険な坑もあった。
豊かな卓は、端島が豊かなだったからまれたのではない。
何もない岩の島へ、と物とを集め続けなければならないほど、底の炭が必とされていたからまれたのである。
男は茶碗の最のをべ終えると、箸を置いた。
「ごちそうさん」
妻が空になった茶碗をげる。
窓のでは、夜の坑にまだ灯りがついていた。
これからへりる坑夫たちが、ゆっくりと歩いていく。
男はその姿をしばらく眺めてから、煙にをつけた。
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になれば、自分もまたあの列のにいる。
それでも今夜は、腹が満たされている。
族がいる。
にいる。
その事実だけで、杯の飯は分に贅沢だった。
坑夫の事を考える、ついい飯や魚、酒、ちゃんぽんといった「何をべたか」に目が向く。
だが、端島で暮らした族にとって、本当に切だったのは料理の豪華さだけではなかった。
誰が、その卓へ帰ってくるのか。
そのことの方が、ずっとかった。
男の妻には、い変わらない癖があった。
夫が夜勤のでも、帰宅予定の刻がづくと度は目を覚ますのである。計を確認し、共同廊から聞こえる音へを澄ませる。
階段をがる音。
隣の戸がく音。
誰かの咳払い。
何もの坑夫が同じに帰ってくるため、似たような音が何度も通り過ぎた。
そのたび、妻は布団ので目をけた。
そして自分のの戸がかなければ、もう度目を閉じる。
男はそのことをらなかった。
妻も話さなかった。
朝になれば普通に飯を作り、
「おかえり」
と言うだけだった。
ある夜、男の帰りが予定より1く遅れたことがある。
坑内で設備の確認が引いただけだった。事故でもなければ、きな異常でもない。
けれど、当は今のようにの族へ簡単に連絡できる代ではない。
妻には理由が分からなかった。
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炭鉱で働く夫の帰りが遅い。
その事実だけで、考えたくないことがいくつもをよぎる。
それでも子どものでは平静を装った。
「お父さん、まだ?」
息子が眠そうな目で聞いた。
「仕事が引いてるだけよ」
「先に寝ていい?」
「いいよ」
息子を布団へ入れた、妻はちゃぶ台のに夫の夕飯を残した。
噌汁はめていく。
焼き魚もえる。
い飯だけは、帰ってきたにもう度温めればいいとった。
窓のでは炭鉱の灯りが消えない。
あの灯りのから、いつもなら夫が戻ってくる。
妻は何度も計を見た。
やがて、廊から聞き慣れた音がした。
戸がく。
「ただいま」
妻はわずちがった。
男は妻の顔を見るなり、議そうに眉を寄せた。
「まだ起きとったと?」
「遅かったから」
「ああ。ちょっと仕事が引いた」
それだけだった。
男にとっては説するほどの来事でもない。
だが妻は、胸の奥に張りつめていたものが急にほどけるのをじた。
「ご飯、べるでしょう」
「う」
「噌汁、温め直すから」
「そのままでよかよ」
「たいでしょう」
妻は鍋をにかけた。
男は座り、煙を本取りした。
「腹減った」
その言葉を聞いて、妻は初めて笑った。
腹が減った。
それは、きて帰ってきたが言う言葉だった。
妻が飯をよそう。
しめに盛った。
男は気づいた。
「くないか」
「遅かった分」
「何の計算たい」
「いいからべて」
男は笑いながら箸を取った。
い飯。
温め直した噌汁。
焼き魚。
漬物。
特別な料理はつもない。