"43番の帰還" 第2話
女は子に座ると、着の内側からもう1つのものを取りした。
それは、さな真鍮製のタグだった。
錆びつき、汚れ、いを経た痕跡があった。だが、そこに刻まれた数字だけははっきり読めた。
「43」
刑事たちは顔を見わせた。
その数字が何をするのか、この点では誰にも分からなかった。ただ、彩佳がそれを切な証拠のように机のに置いたことだけは分かった。
質問が始まった。
「どこにいたのか」「誰といたのか」「今まで何があったのか」
だが彩佳はくを語らなかった。線を落とし、必最限の返事だけをした。記憶が曖昧なのか、あえて沈黙しているのか、判断はできなかった。
ただ、その顔には子どもらしさが失われていた。
齢以の疲労と、9というだけでは説できないいがあった。
やがて、彼女はさく言った。
「私は……誘拐されていたといます」
その言葉が会議に落ちた、刑事たちの表は斉に引き締まった。
9の失踪事件は、終わっていなかった。
むしろ、ここから始まろうとしていた。
彩佳が警察署に現れたらせは、すぐに本部へ伝えられた。
署内は騒然となった。、未解決の方事件として扱われてきた彩佳失踪事件が、突然きしたのだ。事件当に関わっていた捜査員も呼び戻され、古い資料が次々と会議へ運び込まれた。
広告
そのに、刑事の美咲がいた。
美咲は9、この事件の初捜査に関わっていた。さな公園、暗い通学、母親の泣き崩れる姿。何度もいし、そのたびに胸の奥が痛んだ事件だった。
彼女は会議の窓越しに彩佳を見た。
女は子に座ったまま、机のに置いた真鍮のタグを見つめていた。目線はほとんどかず、指先だけが折、さく震えていた。
「本当に本なんでしょうか」
隣にった若刑事の淳也が声で言った。
疑うのも無理はなかった。9に消えた彩佳は、今なら17歳のはずだった。だが目のの女は、17歳よりもびて見える瞬がある方で、ふいに幼い表を見せることもあった。
が、どこかで歪んでいるようだった。
児童相談員の直美が、ガラス越しに静かに言った。
「あの子は、齢よりずっとを取っています。きるために、子どもでいるを奪われたの顔です」
誰も返事をしなかった。
午641分、母の恵子へ連絡が入った。
「彩佳さんが見つかりました」
話の向こうで、恵子は言葉を失った。しばらく沈黙が続き、やがて震える声が返ってきた。
「本当に……本当に彩佳なんですか」
9、希望と絶望を繰り返してきた母のは、すぐには現実を受け入れられなかった。それでも母親としての直が、今度こそ本当だと告げていた。
広告
「きます」
恵子はそれだけ言って話を切った。
午710分、警察署のにが止まった。
恵子はからりようとして、ドアをけるを震わせた。夫が支えようとしたが、彼女はそのを振り払うようにして建物へ駆け込んだ。
廊に入った瞬、取り調べの窓の向こうに彩佳の姿が見えた。
恵子は息を止めた。
「あれは……私の子です」
その声は、かすれていた。
だが彩佳は、母のに反応しなかった。恵子の線も、父の呼びかけも、まるでい壁に遮られているように届かなかった。
彩佳は机のの自分のを見つめたままだった。
恵子はそのに崩れ落ちた。廊のに膝をつき、両で顔を覆って泣き続けた。父も隣に膝をつき、妻の肩を抱きながら声を殺して涙を流した。
娘は確かに戻ってきた。
けれど、あののままではなかった。
声も、線も、表も、すべてが変わってしまっていた。
再会のびと同に、9というが残したい溝が、そこにあった。
午8をし過ぎた頃、彩佳が初めて自分から言葉を発した。
「美咲さんと、2で話したいです」
誰も理由を尋ねられなかった。
彩佳が選んだ相は、母ではなく、父でもなく、刑事の美咲だった。
それが何をするのか分からないまま、美咲は静かに取り調べへ入った。
取り調べの扉が閉まると、のざわめきがくなった。
美咲は彩佳の向かいに座った。机のには、古びたチラシ、針で作られた粗末な首飾り、そして「43」
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
消えた水色の妹
2001年、姉の結婚式の日に突然姿を消した24歳の看護師・小百合。 財布も携帯電話も残したまま、非常口へ向かった彼女の最後の姿だけが、防犯カメラに記録されていた。 家族は7年間、必死に彼女を捜し続けた。 そして夫となった男も、誰よりも協力的な家族として小百合を探し続けていた。 しかし、引っ越しを前に開けられたベランダの作業部屋で見つかったのは、誰も予想しなかった7年前の痕跡だった。 壁の中に隠されていた一本の携帯電話と、残されたわずかな言葉。 あの日、結婚式の裏側で何が起きていたのか。 そして、最も信頼されていた人物が隠していた真実とは――。ミステリー|行方不明1.9萬字5 809 -
完結第12話
残飯の花嫁
姉の結婚を家族全員で喜んだ半年後、私は深夜に玄関を叩く音で目を覚ました。 そこに立っていたのは、別人のように痩せ、傷だらけになった姉・霞だった。 「残飯しか食べさせてもらえなかった……」 幸せな結婚生活を送っていると思っていた姉は、夫の実家で半年間、家族としてではなく「嫁」として扱われ続けていた。 夫は見て見ぬふりをし、義母は「しつけ」と称して暴力と屈辱を繰り返していた。 しかし、姉が助けを求めて帰ってきたことで、家族の怒りが動き出す。 祖父が集めた親族、残された証拠、そして明らかになる義実家の真実。 20人を超える家族が向かった先で、彼らが目にしたものとは――。人生逆転|祖父母と孫1.8萬字5 515 -
完結第10話
トウモロコシ畑に消えた母
1999年、長野の静かな村で起きた不可解な事件。 朝のトウモロコシ畑で発見された農家の女性は、周囲から「親孝行な婿」に守られていたはずだった。 しかし、現場に残された小さな痕跡と、15年後に開かれた古い証拠が、誰も疑わなかった男の裏の顔を暴いていく。 家族を支える優しい婿の仮面の裏に隠されていたものとは――。 長い年月を経て、静かな村に埋もれていた真実が、ついに明らかになる。ミステリー|行方不明1.5萬字5 254 -
完結第9話
捨てられた妻の逆転人生
30年間家族を支え続けた妻・美智子に、夫は突然「もうお前は必要ない」と離婚届を突きつけた。 専業主婦として何も生み出していないと思われていた美智子は、何も言い返さず家を去る。 しかし翌朝、夫が残された古いファイルを開いた瞬間、30年間隠されていた衝撃の真実が明らかになる。 会社を支えていた取引先、危機を救った技術、築き上げた成功――そのすべての裏側には、誰にも知られず夫を支え続けた美智子の存在があった。 「家政婦」と呼ばれた妻が、本当は誰よりも会社と家族を守っていた理由とは。 そして、すべてを失った夫が初めて気づいた、取り返せない30年間の後悔とは――。因果応報|夫婦|熟年離婚1.4萬字5 2433 -
完結第11話
最後の定期券
30年間、毎朝駅へ向かい続けた父。 定年後、突然姿を消した彼の行き先は、30年前に消えた小さな駅だった。 娘が父の部屋で見つけた一枚の古い切符と、「必ず迎えに行く」という謎の言葉。そこから、父が誰にも話さなかった過去が少しずつ明らかになっていく。 父が30年間守り続けていた約束とは何だったのか。 そして、あの日駅から消えた少女の行方は――。ミステリー|行方不明1.6萬字5 589 -
完結第11話
飛騨の農家に消えた嫁
1995年、岐阜県飛騨地方の山あいにある和牛農家へ嫁いだ27歳のゆき子。 よく働き、誰にも逆らわず、慣れない村で必死に暮らしていた彼女は、ある冬の日、牛舎へ向かったまま姿を消した。片方だけ残された長靴。消えた青いジャンパー。そして、家族が語った「自分から出て行った」という言葉。 警察は深く調べることなく、失踪は家出として処理された。 それから8年。村では何事もなかったように季節が巡り、義父の幻蔵は“誠実な畜産農家”として周囲から慕われ続けていた。 しかし、牛舎裏の堆肥の山から見つかった人骨が、止まっていた時間を動かす。 長年誰も近づけなかった壺のそば。夜ごと繰り返された寝言。真冬の洗車場で執拗に洗われた軽トラック。 誰も探さなかった若妻は、8年間どこにいたのか。 そして、家の体面を守るために義父が隠し続けたものとは――。ミステリー|行方不明1.6萬字5 373 -
完結第11話
6秒の着信
2019年10月、紅葉の雪岳山を訪れた若い恋人、ジフンとアリン。 翌年に結婚を控えた2人は、記念写真を残すために山へ向かった。登山口の防犯カメラには、笑い合いながら歩く幸せそうな姿が映っていた。 しかし午後3時過ぎ、2人は分岐点でなぜか正反対の道へ進む。 そして、そのまま山の中から忽然と姿を消した。 大規模な捜索が行われても、足跡も荷物も見つからない。事故なのか、失踪なのか、それとも誰かが2人を誘い込んだのか。真相が分からないまま、3年の月日が流れていく。 やがて2022年、登山道近くの泥の中から、アリンの携帯電話が発見される。 そこに残されていたのは、最後に撮られた1枚の写真と、わずか6秒間の通話記録。 「そのまま来てください。彼も着きました」 その短すぎる声が、3年間“山で消えた”と思われていた恋人たちの、本当の行き先を暴き始める――。ミステリー|行方不明1.6萬字5 393 -
完結第11話
22年目の母席
7歳の時から、美緒を育ててきた高瀬京子。 血のつながりはなくても、熱を出した夜にそばにいたのも、弁当を作ったのも、卒業式や成人式に付き添ったのも、すべて京子だった。美緒もまた、いつしか彼女を「お母さん」と呼ぶようになっていた。 しかし結婚式を前に、22年間ほとんど姿を見せなかった実母・麗子が現れる。 実の母親という分かりやすい肩書。結婚祝いの200万円。そして、相手方の家族が求める“普通の形”。 やがて美緒は、京子に告げる。 「今回は、麗子さんにお願いしたい」 さらに結婚式当日だけは、自分を「京子さん」として扱ってほしいと頼まれた京子。22年間積み重ねてきた日々は、たった一言で母親の席から外されてしまう。 本当の母親とは、産んだ人なのか。それとも、そばに居続けた人なのか。 娘の結婚式を前に、京子が初めて自分の傷と向き合う、静かな家族の物語。因果応報|親子関係1.7萬字5 1784 -
完結第10話
墓前の偽息子
夫の命日、文子は一人息子の誠と並んで墓前に手を合わせていた。 その時、文子の携帯に「誠」から電話がかかってくる。 しかし、本物の誠は今、すぐ隣で父の墓に手を合わせていた。 電話口の男は、息子のふりをして言った。 「母さん、仏間の金庫の暗証番号を教えてくれないか」 相手は、文子の家に金庫があることも、最近暗証番号を変えたことも知っていた。さらに電話の向こうから聞こえてきたのは、誠の妻・和子の声だった。 これはただの詐欺なのか。 それとも、家族の中に裏切り者がいるのか。 亡き夫が残した言葉を胸に、文子は慌てず、静かに確かめることを選ぶ。 そして家へ戻った母子が見たのは、想像もしなかった妻の本性だった――。因果応報|親子関係1.5萬字5 1705 -
完結第14話
4200万円の隠し家
日曜日の午後、佳代のもとへ義母から一本の電話が入る。 「家のローン、なんでまだ払ってないの?」 しかし佳代には、心当たりがなかった。夫・慎也から聞かされていたのは、義母と義妹が“手頃な賃貸”へ引っ越したという話だけ。けれど電話をきっかけに調べてみると、そこには4200万円で購入された新築の家と、夫が背負った3600万円のローンが隠されていた。 しかも所有者欄には、夫と義妹の名前。妻である佳代の名前はどこにもない。 さらに慎也は、亡き父が佳代に残した2400万円の遺産まで、返済計画の一部として勝手に考えていた。義母にも義妹にも、それぞれ都合のいい説明をしながら。 「家族のため」という言葉の裏で、夫は一体どこまで嘘を重ねていたのか。 一本の電話から、27年間信じてきた夫婦の形が静かに崩れ始める。人生逆転|嫁姑|金銭問題2.2萬字5 1626