みかん小説
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"24年目の手紙" 第13話

「おばあちゃん……」 よし子はそのらしい声を聞いた瞬、また激しく涙が溢れしました。の内で、この声を自分ので聞けるが来るとは、にもっていなかったのです。よし子はさゆりのさなく握り返しました。 「お名は、なんて言うの?」 「さゆりだよ」 よし子が笑いました。涙をいっぱいに浮かべたまま、最の笑顔で笑いました。 「私の番の切な友達の名だね。うちの健が、ちゃんと覚えていてくれたんだね」

その夜、よし子は健が幼い頃に使っていた古い部で、息子たちと共に眠りました。部のタンスには、あのの肌着が切に掛けられており、その横には、1983によし子が1の制き、誰もいない部のために買い求めて掛けた、黒いの学ランが静かに並んでいました。 健は夜にふと目を覚まし、その2つのをライトので見つめ、しばらく言葉を失っていました。 (お母さん、これをまだ、ずっとここに持っていてくれたんだ……) 健は古い制の袖を片で静かに撫で、そのままく項垂れました。母親が1きりで過ごした24の果てしないさが、彼の胸を激しく締め付けたのです。

その、健は10本に滞した、アメリカの族の元へと帰っていきました。

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しかし、もう度と、2の連絡が途絶えることはありませんでした。に2、3回の話は欠かさずわれ、毎1回は必ず、健族を連れて本を訪れました。 よし子も1度、アメリカへきました。まれて初めて乗るでした。健で1週過ごし、さゆりと緒に庭でを摘みながら、穏やかなを過ごしました。

そうして、奇跡の再会から3が流れました。2008が来ました。よし子の体は、以のようにはきませんでした。歩みがすっかり遅くなり、ご飯もほとんどべられなくなりました。病院のベッドで、医師から静かに告げられました。 「休むことなく働き続けてきたお体です。もう、これ以は耐えられない状態です」 アメリカの健にすぐに連絡がきました。健は翌、すべての仕事を調してに乗りました。

国際空港にち、まっすぐ神戸の病院へ駆けつけました。よし子は病のベッドにさく横たわっていましたが、ドアがき、健が入ってくるのを見て、ゆっくりと微笑みました。 「……来たのね」 「来ましたよ、お母さん」 健がよし子のを握りました。太くて、激しく荒れたのひらでした。夜けからの洗濯をし、堂で皿洗いをし、で野菜のごしらえをして、息子を待ち続けてきたでした。

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はそのを、自分の両で包み込みました。

よし子が々しい声で言いました。 「私、ずいぶんく待っていたけれど……結局、あなたが来てくれたわね」 「来ましたよ。もう、どこへもきませんから」 「嘘をついちゃだめよ……あなたにはアメリカに族がいるんだから、帰らなきゃ」 「それでも、今はきません。お母さんのそばにいます」

よし子がゆっくりと目を閉じながら、最に健に尋ねました。 「健……お母さん、あなたをこんなに、待たせてしまったけれど……それで良かったの?」 健は涙を堪えることができず、母親のをさらにく握り締めました。 「何言ってるんだよ、お母さん。あなたがこうしてきて、僕を待っていてくれた。それだけで分だよ。それだけで、僕は救われたんだよ……」

よし子は200812、70歳でこの世をりました。あの坂の町の古いで24の帰りを待ち続け、最の3を息子と共に幸せにき、そうして静かに目を閉じました。最の瞬、健がずっとそばにいました。妻と、成した娘のさゆりも緒でした。健は母親のを握り、最までそのを守り続けました。よし子が息を引き取るまさにその瞬、健は幼い頃に母親がってくれたあの子守唄を、元で静かにずさみました。 「ねんねんりよ、おころりよ……」

お葬式には、坂の町の々がみんなてきて、彼女の棺を見送りました。

ずっとから、よし子のことを「健のお母さん」と呼び、その帰りをながら見守ってきたたちでした。

あの懐かしい町から、その名で、よし子は最の旅ちを迎えました。

よし子の部の引きしには、あの50円玉が入ったままの、古い赤いノートが残されていました。健はそのノートを、切な形見としてアメリカへ持ち帰りました。今でも、彼の斎の机の引きしのに、切にしまってあるそうです。

よし子の24は、決して無駄ではありませんでした。彼女の苦しいほどのは、太平よりもく、そのが、結局、息子を本来あるべきへと呼び戻す奇跡を起こしたのです。お母さんはこの世をりましたが、彼女が残したりは、今も神戸の坂の町の夕暮れのに静かに残っていて、私たちに語りかけています。 待つことはただの苦痛ではなく、再び会えるという、世界で最もい信頼なのだと。

(完)

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