"退職金より重い家計簿" 第3話
寝のタンス、台所の戸棚、仏壇の、押し入れの奥。麻美が普段触っていた所を、乱暴に探した。
「どこへ隠した。あいつ、俺に黙ってを持ちしたな」
独り言の声だけが、やけに広いに響いた。
いつもなら、朝には噌汁の匂いがして、昼には洗濯物が畳まれ、夕方には卓に温かい料理が並んでいた。
けれどその、のには何もっていなかった。
流しには昨夜の湯呑みが残り、洗濯のには隆のシャツが入ったままになっていた。部の空気はえ、テレビの音だけがむなしく響いていた。
隆は苛ちながら、通帳の控えらしきを握りしめた。
昼過ぎ、くの融関の窓へ向かった。
「妻の座を確認したい」
窓の女性は、穏やかな表で尋ねた。
「ご本様でしょうか」
「夫だ。のなんだから見せてくれ」
女性は困ったように首を横に振った。
「申し訳ございません。ご本様でなければ、お続きはできません」
隆は顔をしかめた。
「本も何も、俺の妻だぞ。俺が稼いだを入れていただけだ」
「名義が麻美様である以、隆様だけでは確認できません」
その瞬、隆の顔が赤くなった。
「夫婦のだろう。おかしいだろ、そんな決まり」
声を荒げれば、相が引くとっていた。
会社でも、庭でも、隆はずっとそうしてきた。い声をせば、周りは黙る。
広告
自分のい通りになる。そうっていた。
けれど、窓の女性は困った表のまま、同じ説を繰り返すだけだった。
「ご本様にご来いただくか、必な委任状をご用ください」
隆は何も得られないまま帰宅した。
に戻ると、ますます腹がった。
妻の名義。
本確認。
委任状。
どれも、隆には腹たしい言葉だった。
「俺が稼いだだぞ」
そう呟きながら、隆は麻美に何度も話をかけた。
数回目で、ようやく麻美がた。
「おい、通帳を返せ。印鑑もだ。俺のを勝に隠すな」
話の向こうの麻美は、落ち着いていた。
「隆さん、その通帳の名義を確認しましたか」
「名義なんか関係ない。が俺のなら俺の物だ」
「では、なぜ窓で確認できなかったの?」
隆は言葉に詰まった。
麻美の声は静かだった。
「夫婦のものだと言うなら、夫婦で話しうべきでした。あなたは私に“1円も触るな”と言いましたね」
「それは……」
「私はあなたを責めたいのではありません。ただ、あなたがらなかったことを確認してほしいだけです」
隆は舌打ちした。
「説教か」
「の夕方、母のに来てください。類をお見せします」
「俺を呼びす気か」
「確認のためです」
麻美はそれだけ言うと、話を切った。
隆はしばらく受話器を握ったままち尽くした。
のは静かだった。
その静けさが、これまで麻美がどれほどをかしていたかを、しずつ隆に突きつけ始めていた。
広告
翌の夕方、隆は麻美の母が残した平にやって来た。
玄関をけると、畳の匂いと古いのりがした。隆はそのを見回し、どこか落ち着かない表をした。
「こんなところにいたのか」
麻美は何も言わず、隆を居へ通した。
ちゃぶ台のには、茶の封筒、登記類、通帳の控え、そして古い計簿が並んでいた。
隆はそれらを見て、骨に顔をしかめた。
「なんだこれは。俺を説教するために呼んだのか」
「説教ではありません。確認です」
麻美は枚目の類を差しした。
「これは自宅の登記類です。所者は私になっています」
隆は類を受け取り、目を細めた。
「そんなもの、続きそうしただけだろう。夫婦なんだから、俺のでもある」
「あなたはを買うに言いました。“名義なんて任せる”と」
「そんな昔の話を持ちすな」
「昔の話ではありません。今も続いている類の話です」
隆は舌打ちした。
麻美は次に、計簿をいた。
「この赤い印を見てください」
隆は渋々、計簿に目を落とした。
「これは、あなたのみ代やの支払いで活費がりなくなったです。そのたびに、私の内職代や母の残したおを入れていました」
「そんな細かいもの、いちいち覚えてるのか」
「覚えていたのではありません。残していたんです」
麻美はページをめくった。
そこには、40い暮らしの数字が並んでいた。
広告
おすすめ作品
-
完結第8話
残高4800円の老後
退職金2200万円。 38年間まじめに働き、ようやく手にした老後の安心資金。宮田哲夫は、自分の人生を「堅実に生きてきた」と信じていた。 投資詐欺に遭ったわけでもない。ギャンブルに溺れたわけでもない。派手な贅沢をした覚えもない。 それなのに8年後、通帳に残っていたのはわずか4800円だった。 年金13万円の暮らし。車、ゴルフ、息子への援助、家の修繕、物価高――。ひとつひとつは“普通”に見える出費が、退職金を静かに削っていく。 妻のせつ子は何度も家計を見直そうとした。だが哲夫は「なんとかなる」と言い続け、通帳から目をそらした。 そしてある朝、せつ子は家を出ていく。 老後破産の本当の原因は、お金の使い方だけではなかった。哲夫が最後に気づいた、夫婦にとって一番大切なものとは――。人生逆転|退職金|金銭問題1.2萬字5 1421 -
完結第20話
90% 減給の裏側:上場企業の権力とルール
会社が上場した後、私は何の過失もないのに給料を 90%減額され、追い詰められ退職届を提出した。 会長夫人は書類に適当にサインし、私を嘲笑い放った一言が今も耳に残る。 「会社は君がいなくても回る!」 彼女は親族の権力を濫用し、90 億円の産業ファンドを危機に陥れ、社員をスケープゴートに仕立て上げた。 私は黙って証拠を積み上げ、ルールとガバナンスを武器に歪んだ経営体制を一掃する。 権力で人を踏みつける傲慢な人間に、最後に待っている代償とは?退職金|金銭問題|修羅場3.0萬字5 355 -
完結第16話
月給 20 万の退職届
2 年間、毎日深夜まで単独でプロジェクトの全テストを担い、システムの根幹を守ってきた安曇あかり。 同じ部署の同僚は月給 100 万円前後、自分だけたった 20 万円。 部長の傲慢な搾取、成果の横取り、正当な評価の一切なし。 契約満了前日、人事が高額昇給とボーナスを餌に引き止めに来た時、彼女は一言も語らず退職届を机に置いた。 「君がいないとプロジェクトが回らない」 慌てた社長まで直に出向き、月給 120 万円、株式 5%、技術部長ポストまで提示してすがりつく。 だが彼女の心はもう動かない。 実力を正当に評価する新企業に内定を得、月給 70 万円からスタートする新生活が待っている。 彼女が去った後、無理なコード改修を繰り返した元会社は次々と致命的バグを発生。 1 億 5000 万円の違約金、口座凍結、部長解雇、会社倒産へと転がり落ちる。 一方あかりは僅か入社半年で技術副部長、月給 100 万円に昇進。 「本物の才能は、泥の中に埋もれても輝きを失わない」 搾取されるすべてのサラリーマン、不当な職場に悩む人必読の爽快復讐キャリア小説。 理不尽な環境に立ち向かい、自分の価値を取り戻す女性エンジニアの成長物語。退職金|金銭問題2.5萬字5 307 -
完結第4話
年金十二万円の老人の正体
川崎の銀行窓口に、古びた作業着を着た75歳の老人・西川誠三がやって来た。 海外出張中の息子に頼まれ、正式な委任状を持って残高確認に訪れただけだった。 しかし若い行員は、誠三の年金額と市営住宅の住所を見た瞬間、彼を見下した。 「年金十二万の貧乏人が、何しに来たんですか?」 さらに支店長まで現れ、老人を詐欺師扱いし、ついには言い放つ。 「ボケ老人は銀行に来るな」 誠三は怒鳴らなかった。 ただ静かに銀行を出て、一本だけ電話をかけた。 相手は息子・西川雄一。 全国に関連会社を持つ巨大建設グループの社長だった。 「みずほ第一銀行との取引を停止する」 その一言で、銀行本店に緊急アラートが走る。 総額一兆円規模の取引が一斉に止まり、翌朝、銀行役員たちは50台の黒塗り車で誠三のもとへ謝罪に向かった。 だが、彼らがどれほど頭を下げても、一度踏みにじった老人の尊厳は、簡単には戻らなかった――。年金|退職金|金銭問題5.9千字5 419 -
完結第8話
退職金三千万円と残高三千円の通帳
43年勤め上げた会社を退職した日、玲子が花束を抱えて帰宅すると、夫が最初に口にしたのは労いの言葉ではなかった。 「退職金、いくらあるんだ?」 夫の正隆は、義母と一緒になって玲子の退職金を「佐伯家のもの」と言い張り、通帳と印鑑を差し出すよう迫ってくる。 だが玲子は、長年の会社勤めで知っていた。 言葉は消えても、記録は残る。 義母の暴言、夫の要求、離婚届を使った脅し。 すべてを録音しながら、玲子は夫が昔から知っている“いつもの場所”に、ある通帳を置いた。 残高3187円の古い通帳を。 翌朝、夫は離婚届を残し、通帳と印鑑を持って姿を消す。 だが本当の退職金3000万円は、夫の知らない口座に守られていた。 さらに夫が隠していた“別の女性との店の計画”と、企業年金の口座変更まで発覚する。 43年分の我慢を証拠に変えた玲子は、奪われかけたお金と人生を静かに取り戻していく――。退職金|金銭問題|修羅場1.2萬字5 481