みかん小説
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"午前0時30分の空白" 第10話

だが、この事件をその異様な発見状況だけで語ると、切な部分が見えなくなる。

最もきな謎は、ドラム缶そのものではない。

そのにある空だった。

1991914030分頃。

清田け子は藤沢駅で同僚と別れた。

公衆話を使った。

そこから先の確かな取りは見えなくなる。

約12

9268頃。

平塚の歩者用で、煙をげるドラム缶が発見された。

から見つかった女性は、け子だった。

司法解剖では、からおよそ1週ほどとみられた。

こののずれ。

これが最初の空である。

け子は失踪、しばらくしていたのか。

それとも期の推定に幅があったのか。

どこかで保管されていたのか。

答えはない。

次に、所の矛盾。

目を避けようとしているように見える。

から約10m奥。

しかし、朝になればが通る。

さらにを使ったことで煙がた。

結果、発見はまった。

証拠を消そうとすると、発見リスクをめるが同する。

次に、準備の矛盾。

ドラム缶。

穴。

両。

運搬。

それらには定の準備が必だった能性がある。

方、最の処理は完全ではなかった。

計画なのか。

なのか。

静なのか。

焦っているのか。

つの物像へきれいに当てはめることができない。

そして報。

ランドクルーザー。

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黒っぽい乗用

いワゴン

複数の目撃談が語られながら、それらのどこまでが事件に関係していたのかは確定しなかった。

事件に関係するがそのにあった能性はある。

すべて無関係だった能性も否定できない。

部だけが本物だった能性もある。

がかりがくても、裏付けがなければ証拠にはならない。

数も同じだった。

ドラム缶の運搬だけを考えれば、複数の方が自然に見える。

だがでも能とまでは言えない。

複数犯を示す決定な証拠もない。

1だったのか。

2だったのか。

その問いさえ残った。

未解決事件について考えるは「最も納得できる答え」を求める。

この物が犯だったのではないか。

このが使われたのではないか。

この話の相が事件に関係していたのではないか。

そうした推測には、を引きつける力がある。

しかし、それを事実のように語れば、本当に残っているがかりのを逆に曖昧にしてしまう。

この事件で最もなのは、分からないことのさそのものだった。

1991という代。

防犯カメラのなさ。

記録がほとんど残らない社会。

発見までの12

損なわれた証拠。

複数の目撃報。

決定打に届かなかった捜査。

それらがなり、事件は犯特定へ至らなかった。

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そして2006926、公訴効が成した。

に殺事件などの公訴効制度が変わっても、この事件に刑事責任を追及するが戻ることはなかった。

それでも、事件を理するは残る。

なぜなら、未解決事件は「答えがない事件」ではないからだ。

本当の答えはする。

ただ、それを証する材料が社会の側に残らなかった。

け子が公衆話で話した相っているがいたかもしれない。

彼女が駅をれる面を見たがいたかもしれない。

いワゴンの男性が何をしていたのかっているがいたかもしれない。

ドラム缶を運んだ物をがいたかもしれない。

しかし、その証言が捜査へ届かなかった。

あるいは届いても、証拠と結びつかなかった。

が過ぎる。

が変わる。

藤沢駅も変わる。

平塚のも変わる。

19919の夜を直接覚えているなくなっていく。

けれど、その夜に24歳だった清田け子のだけは、そこで止まったままだった。

仕事を終えた。

同僚と事をした。

藤沢駅まで帰ってきた。

030分頃、同僚と別れた。

公衆話を使った。

そこまでは、普通のだった。

そのに何が起きたのか。

を経ても、答えは見つからなかった。

事件の怖さは、目のない所から始まったことではない。

のいる駅から始まり、その先のほんのい移だけが見えなくなったことにある。

そのさな空が12へ伸び、やがて15の未解決期となり、最には公訴効という法な壁へたどり着いた。

ドラム缶からがっていた煙は、その朝、民に異変をらせた。

だが、その煙が消えたも、事件の輪郭だけは消えなかった。

なぜ、そこだったのか。

なぜ、その方法だったのか。

なぜ、そこまで準備しながら、発見されやすい形で残したのか。

そして何より――。

藤沢駅の公衆話を置いた、清田け子は誰のところへ向かったのか。

残された報をどれだけ並べても、その最面だけは今も描くことができない。

それこそが、この事件に残された最もきな空だった。

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