"214号室の沈黙" 第8話
再びへ戻り、タンクのハッチをけ、ボトルのをすべて注いだ。
液体は暗いのへ消えた。
忠雄はハッチを閉め、階段をりた。
214号へ戻ると、部をえた。
ベッドを直し、シーツを確認し、髪の毛や血痕がないか探した。部は見、何事もなかったように見えた。
それから、ゆり子の清掃カートを廊へ置いた。
仕事をしていた途で姿を消したように見せるためだった。
その、忠雄は何事もなかったように仕事へ戻った。
自の最で、彼は何度も繰り返した。
「殺すつもりはなかった」
「事故だった」
「ただ、話がしたかっただけだった」
警察はその供述をすべて記録した。
忠雄は供述に署名した。
19991123、今田忠雄はゆり子殺害の容疑で逮捕された。
ゆり子の両親は、警察から真実を聞かされた。
母親は泣き崩れた。
父親は子に座ったまま、しばらくかなかった。線は点に向けられていたが、何も見ていないようだった。
娘は、自分の職で殺された。
信頼していたわけではなくとも、同じ所で働いていた男に、嘘で部へ呼び込まれた。
恐怖ので命を奪われ、その遺体はホテルの貯槽へ沈められた。
そして、誰も気づかないまま、何週もそこにあった。
その事実は、両親にとって言葉にならない苦痛だった。
忠雄の裁判は、20004に始まった。
広告
裁判は3週続いた。
検察は、1つずつ証拠を提示した。
監カメラの映像。
214号へ向かったゆり子の最の姿。
忠雄のアパートから見つかった苛性ソーダのボトル。
ホテルの庫から消えていた1本のボトル。
の鍵。
女性同僚への執着を示す元従業員たちの証言。
そして、忠雄自の自。
弁護側は、殺は計画ではなかったと主張した。
忠雄はゆり子を殺すつもりではなかった。ただ話がしたかっただけで、はパニックので起きた事故だった、と訴えた。
しかし検察官は反論した。
忠雄は嘘の実でゆり子を214号へ誘い込んだ。
彼女を襲い、抵抗する彼女のとを押さえ続けた。
その、静に遺体の処分を考え、の貯槽へ運び、苛性ソーダを使って証拠を消そうとした。
これらは偶発な混乱ではなく、計算された隠蔽為だと主張した。
裁判所は検察の主張を認めた。
2000510。
裁判所は判決をした。
今田忠雄は、ゆり子に対する殺で罪とされた。い刑が言い渡され、彼はく刑務所で過ごすことになった。
判決を聞いた、忠雄はほとんどを見せなかった。
たださくうなずき、法廷から連れされた。
ソナタホテルは、忠雄の逮捕から1かに閉鎖された。
宿泊客は戻らなかった。
誰も、女性が殺害されたホテルに泊まりたいとはわなかった。
広告
誰も、遺体が沈められた貯槽から配されていたを使いたいとはわなかった。
建物は数空きのまま残された。
やがて取り壊され、その所にはしいオフィスビルが建てられた。
から見れば、何もなかったのように見える。
しかし、その所にはかつて、誰にも見つけてもらえなかった女性の沈黙があった。
ゆり子の両親は阪へ戻った。
娘の遺体を族の墓に埋葬し、それから毎のように墓を訪れた。母親はを供え、父親は墓のでく黙ってっていた。
ゆり子の事件は、本で広くられるようになった。
それは、職でのハラスメントやさな違を見逃すことの危険性を示す事件だった。
沈黙は、に劇につながる。
もしホテルのマネージャーが、忠雄に関する過の苦を真剣に受け止めていたら。
もし誰かが、彼の自然な線や更への侵入をく問題にしていたら。
もし、ゆり子がじていたかもしれないを、誰かが聞き取っていたら。
結果は違っていたかもしれない。
しかし、誰も気づかなかった。
あるいは、気づきながらきな問題にしなかった。
その代償を払ったのは、33歳の女性だった。
ゆり子は、物静かで、真面目で、ただ活のために働いていた女性だった。
彼女は特別なことを望んでいたわけではない。
全に働き、仕事を終え、自分のさなアパートへ帰る。
その当たりの常を、ある男の歪んだ執着が奪った。
ソナタホテルはもうしない。
の貯槽も、214号も、暗いスタッフ用階段も残っていない。
けれど、あの事件が残した問いは消えていない。
職で起きるさな異変に、誰が気づくのか。
誰が声をげるのか。
誰が、見て見ぬふりをしないのか。
の夜に姿を消したゆり子の名は、その問いとともに、今も静かに語り継がれている。
― 完 ―
広告
おすすめ作品
-
完結第7話
木の墓の少女
2021年秋、名古屋の高校生5人は、廃れた農村建築を記録する学校プロジェクトのため、岐阜県の山中にある古い廃農場を訪れた。 崩れかけた母屋、苔むした倉庫、森に飲み込まれた敷地。そこで彼らが見つけたのは、まるで人の形をしたように歪んだ一本の杉の木だった。 不気味なこぶの中央には、小さな裂け目があった。 ライトを当てた瞬間、木の奥に見えたのは、自然のものとは思えない白い影。警察の調査によって、その木の内部から、人間の骨格が発見される。 遺骨の身元は、20年前に「東京へ行った」とされ、行方不明になっていた22歳の女性・南沙織。 彼女は本当に自分の意思で農場を去ったのか。なぜ遺体は木の中に飲み込まれていたのか。そして、当時農場にいた父子は何を隠していたのか。 20年間、年輪の奥に閉じ込められていた少女の秘密が、一本の木によって静かに語られ始める――。ミステリー|行方不明1.0萬字5 8 -
完結第9話
壁の中の合唱団
1991年、川崎市の市民文化会館で、合唱団に所属する3人の女性が練習後に忽然と姿を消した。 通帳も財布も身分証も残されたまま。家族を置いて消える理由など、誰にも思い当たらなかった。だが、手がかりは見つからず、事件はやがて「自発的失踪」として片づけられていく。 それから20年後。 老朽化した文化会館の解体工事中、作業員が地下の図面にないコンクリート壁を発見する。そこだけ不自然に塞がれた壁。ハンマーで崩した先にあったのは、20年間誰にも見つからなかった暗闇だった。 なぜ3人は消えたのか。 誰がその壁を作ったのか。 そして、合唱団の歌声が響いていた会館の地下で、本当は何が眠っていたのか――。ミステリー|行方不明1.4萬字5 0 -
完結第11話
新潟校十二年の悪闇
1992年、新潟県小学校女教師失踪事件|12年後、校長の醜悪な裏顔がついに暴かれた 1992年、新潟の田舎町小学校で、一人の30代女性教師が忽然と姿を消した。 通学路、自宅、学校施設、周辺の山林……警察が徹底的に捜索したものの、彼女の痕跡は一つも見つからなかった。 当時、失踪は「自発的な家出」「遠方への転居」と断定され、事件は迷宮入り。 誰もがこの謎を忘れかけた12年間。 誰も信じなかった真実が、ついに白日の下に晒される。 穏やかで人格者と慕われていた校長先生。 その裏に隠された、人間性を失った醜悪な素顔。 女教師が二度と帰らなかった本当の理由、閉ざされた学校の闇、隠蔽された12年の悪事―― 全ての真相が今、明かされる。因果応報|裡の顔|遺體発見|行方不明1.7萬字5 307 -
完結第6話
7時15分の黒い日記
昭和56年、浜松市で29歳の銀行員・吉田道子が忽然と姿を消した。 毎朝7時15分、同じ停留所から同じバスに乗り、銀行へ向かっていた道子。真面目で几帳面な彼女は、ある日から家の前に残る見慣れない吸い殻と、背後からの視線に怯えるようになる。 「誰かに見られている気がする」 そう夫に訴えても、気のせいだと片づけられた。 そして11月の夜、親睦会の帰りに乗ったはずのバスを最後に、道子は家までわずか300mの場所で消息を絶つ。 事件は未解決のまま7年が過ぎた。 昭和63年、1人のバス運転手の遺品から十数冊の日記が見つかる。そこに記されていたのは、道子を3年間見つめ続けた男の、あまりにも歪んだ記録だった――。ミステリー|行方不明9.4千字5 239 -
完結第6話
43番の帰還
9年前、京都の住宅街で小学2年生の少女・彩佳が忽然と姿を消した。 公園で遊んでいたはずの娘は、夕方になっても家に戻らなかった。警察も住民も必死に捜索したが、目撃者も手がかりもなく、事件は未解決のまま時間だけが過ぎていく。 そして9年後のある朝。 1人の少女が、古びた行方不明者のチラシを手に警察署へ現れる。彼女は受付で静かに告げた。 「私は……彩佳です」 戻ってきた少女の手には、「43」と刻まれた小さな真鍮のタグがあった。さらに彼女は、自分が名前ではなく番号で呼ばれていたこと、他にも“42”や“44”がいたことを語り始める。 単なる誘拐ではなかった。 家族の家に隠されていた地下室、壁に刻まれた迷路、死んだはずの男の名前、そして母が隠していた「クレア」という過去。 9年間消えていた少女は、なぜ今になって戻ってきたのか。 そして彼女が最後まで忘れなかった「消さないで」という声の正体とは――。因果応報|人生逆転|行方不明9.0千字5 1156 -
完結第10話
白いドレスの告白
昭和57年、東京のホテルで行われた一つの結婚式。 純白のドレスに身を包んだ花嫁・田中京子は、幸せの絶頂にいるはずだった。だが披露宴の途中、高校時代の同級生たちが口にしたある名前を聞いた瞬間、彼女の表情は凍りつく。 佐藤美智子。 8年前、昭和49年の伊豆旅行中に忽然と姿を消した、京子の親友だった。 「美智子ちゃん、ごめんなさい……」 化粧室で泣き崩れる花嫁の声を、偶然聞いてしまった同級生。その一言をきっかけに、未解決のまま眠っていた失踪事件が再び動き出す。 親友との再会、伊豆の夜、月明かりの展望台。 8年間、誰にも言えなかった嫉妬と罪が、花嫁の白いドレスの下から静かにこぼれ落ちていく――。ミステリー|行方不明1.5萬字5 612