"四十九日、電話を切った妻" 第2話
すぐ帰れるわけないだろ」
覇斗は吐き捨てるように言った。
私は黙って彼らのやり取りを聞いていた。言い返したい言葉はいくらでもあった。でも、もう何を言っても無駄だと分かっていた。覇斗は自分が何をしたのか、まだ理解していない。理解しようともしていない。
義母が最まで配していたのは、この息子のことだった。
「覇斗は、ちゃんとべているかしら」
「仕事で無理をしていないかしら」
「千尋さんに優しくしているかしら」
病のベッドで痩せたを握りながら、義母は何度もそう聞いた。私が「丈夫ですよ」と答えるたび、義母はししたように目を閉じた。けれど、本当は気づいていたのだとう。息子が変わってしまったことも、私がどれだけ傷ついていたかも。
「何度も伝えようとしたわ」
私はようやく顔をげた。
覇斗がこちらを見た。
「でも、忙しいとのことだったから」
「それで勝に決めたのか。俺の承も得ずに」
「お母さんがらかに眠れるように、最善を尽くしただけよ」
私の声はっていたより静かだった。りよりもいしみが胸の奥に沈んでいたからだ。
夫として、息子として、として。
覇斗はあまりにもくのものを失っていた。そしてその全てを、自分自ので失ったのだということに、まだ気づいていなかった。
広告
納骨式が終わり、親族たちは義母の自宅に戻った。事の席が用され、湯気のつ噌汁と煮物が並んでいた。誰もが静かに箸をかしていたが、空気はかった。
その沈黙を破ったのは覇斗だった。
彼は茶碗を乱暴に置き、周囲を見回した。
「俺が悪いみたいな雰囲気だが、連絡が取れなかったのには理由がある。の現は波状況が悪くて、メールも話も満に使えなかったんだ」
「でも兄さん、千尋さんは何度も」
相馬が言いかけると、覇斗はすぐに遮った。
「千尋の連絡がだったんだろう。緊急事態なら、もっとく訴えるべきだった。俺は仕事だったんだから、普通の夫婦の些細な話だとうのは当然だ」
剣造さんが箸を置いた。
乾いた音が部に響く。
「おは本当にそうっているのか。母親のが、些細な話だと」
「そうじゃない。だが、千尋の伝え方に問題があったんだ。俺だって息子として最にち会いたかった」
私はその言葉を聞きながら、膝ので両を握りしめた。
もう分だった。
私はそっとスマートフォンをに取った。あのの録音が残っている。自分を守るために、そして自分がおかしくなっていないと確認するために、私はしから覇斗との会話を記録していた。
あのの会話も、そこに残っていた。
「覇斗」
私が名を呼ぶと、彼は嫌そうにこちらを見た。
広告
「あのの会話を覚えてる?」
「何の話だ?」
「お母さんが急変した夜、私があなたに話をしたのことよ」
覇斗の表が瞬こわばった。
いそうとしているようで、いしたくないような顔だった。
私は録音アプリをき、再ボタンに指を置いた。
部の空気が静かに張り詰めていった。
スピーカーから、あのの声が流れ始めた。
「またくだらない話か。俺は無駄が嫌いなんだ。おと話すなんて1秒もない」
私の声も続いた。
「でも本当に変なの。病院から――」
「いい加減にしろ。仕事の邪魔をするな」
い録音だった。
けれど、そのさがかえって残酷だった。私が必に伝えようとしていた言葉を、覇斗がどれほど乱暴に切り捨てたのか。そのにいた誰もが、はっきりと理解してしまった。
部は静まり返った。
剣造さんの箸を持つが止まっている。相馬は唇をく結び、覇斗を睨んでいた。親族たちも言葉を失い、誰も皿にを伸ばさない。
相馬がい声で言った。
「これは違いなく、兄さんの声ですね」
覇斗は顔を赤くし、私の元のスマートフォンを睨んだ。
「これは……これは成だ。今の代、簡単に編集できるからな」
私は静かに首を振った。
「成じゃないわ。実は私は最、あなたとの会話を記録するようになっていたの」
言葉にするのはし苦しかった。
けれど、ここで黙ればまた、彼の言葉にみ込まれてしまう。
私はスマートフォンを両で持ったまま、ゆっくり続けた。
広告
おすすめ作品
-
完結第6話
骨壷に眠る花嫁
結婚式の2日前、山田晴恵は突然姿を消した。 婚約者との口論、消えた財布、荒らされた形跡のない部屋。警察は彼女を「結婚を恐れて逃げた花嫁」と判断し、事件は自発的失踪として処理された。 家族は世間の冷たい視線に耐え、婚約者は“残された新郎”として同情を集めたまま、時間だけが過ぎていく。 しかし6年後、群馬県の国道18号線沿いで排水設備の交換工事中、コンクリート製の雨水桝から異様な包みが見つかる。 中にあったのは、人間の頭部。 歯科記録の照合により、それは6年前に消えた晴恵のものだと判明した。 彼女は逃げたのではなかった。 では、誰が彼女を殺し、なぜ道路脇のコンクリートの中に隠したのか。 “逃亡した花嫁”という嘘が崩れた時、婚約者が守り続けた6年間の沈黙が、静かにほころび始める――。ミステリー|夫婦|真実|真相9.1千字5 0 -
完結第6話
スイスへ消えた妻
離婚届を突きつけられたその日、藤崎陽子は静かに住民登録を抹消し、スイス行きの片道航空券を握って成田空港に立っていた。 夫・達也は愛人の出産に付き添い、「跡取りが生まれる」と五十嵐家は歓喜に包まれていた。だがその直後、医師が告げた“ある一言”によって、彼らの幸せは一瞬で崩れ落ちる。 長年、嫁として、妻として、会社の実務担当として尽くしてきた陽子。しかし五十嵐家にとって、子を産めない彼女はただの“用済み”だった。 けれど彼らは知らなかった。人生逆転|夫婦|第二の人生8.5千字5 2 -
完結第5話
消された妻の通院日
「また病院か。大げさだな」 妻・さち子が胸の苦しさを訴えた朝、夫の週一はいつものようにそう言い捨てた。 長年、夫の通院準備、薬の管理、食事の塩分調整まで、すべてを黙って支えてきたさち子。だが彼女自身の診察予定は、カレンダーの隅に薄い鉛筆で書かれ、何度も消されていた。 息子の嫁・由香が見つけたのは、破かれた予約票、飲まれないまま隠された薬、そして引き出しの奧にしまわれた一通の紹介狀。 「私の分は、すべて後で」 その小さな文字に、家族の誰も気づかなかった。 そしてある朝、さち子は臺所で倒れる。 病院の受付で、週一は初めて知る。自分は妻の病名も、薬も、痛みが始まった日さえ知らなかったのだと――。人生逆転|夫婦|熟年離婚7.2千字5 59