みかん小説
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"5年ぶりに帰宅した夫と、もう父親を必要としない家族" 第19話

「……俺は、全部失ったのか」

夫のから、掠れた呟きが零れた。

「失ったんじゃないわ」

私はちがり、伝票をに取った。

「あなたが自分で、放したのよ」

それ以、かける言葉はなかった。 私は度だけ軽く会釈をし、振り返ることなく喫茶のドアを押してにた。

の柔らかなが、私の頬を優しく撫でて通り過ぎていった。

翌朝、午。

遮カーテンをけると、澄み切った朝のが、2DKのさなリビングいっぱいに差し込んできた。 ベランダにて呼吸をする。 し肌寒いが、の匂いが混ざった鮮な空気が、肺の奥くまで染み渡っていく。

キッチンにち、お湯を沸かす。 ドリッパーにフィルターをセットし、挽きたての豆を入れる。 コポコポと湯を注ぐと、くばしい珈琲のりが、部にふわりと広がった。

誰かの嫌を窺う必のない朝。 誰かの脱ぎ散らかしたを片付ける必のない朝。 自分のためだけに淹れた杯のい珈琲を、両でマグカップを包み込むようにしてわう。

テーブルのには、昨夜アイロンをかけたばかりの、ドラッグストアの紺のポロシャツが畳まれていた。 胸ポケットのには、のプレートがっている。

『副 田由紀子』 『医薬品登録販売者』

私の名が、私の歩んできた確かな証として、そこに刻まれている。

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奥の部から、パタパタと音が聞こえてきた。

「お母さん、おはよう。いい匂い」

学の講義用のリュックを背負った音が、眠そうに目を擦りながら顔をした。

「おはよう、音。トースト焼く?」

「うん、バターめで!」

娘の屈託のない笑顔が、朝ののに溶けていく。 何気ない、けれどかけがえのない、私たちの常。

、夫がをてったあの、私は途方に暮れていた。 いつか夫が帰ってきて、元の優しい族に戻れるだけを見て、耐えることだけが美徳だと信じ込んでいた。

でも、違った。 あのがだった、私は誰かの帰りを待つだけの女ではなく、自分のを切り拓くのへと変わっていたのだ。

計の針は、を指そうとしていた。

私はポロシャツに腕を通し、エプロンの紐をキュッと腰のろで結んだ。 名札を胸元に留め、靴を履いて玄関のドアをける。

眩いばかりの朝陽が、階段のに広がる並みを黄に照らししていた。

私はもう、誰かのの脇役には戻らない。 好まない所へ連れてかれることも、理尽な言葉に黙って耐えることも、度とない。

カチャリと鍵を閉め、背筋を伸ばして歩きす。

私の選んだ、私のが、ここから始まっていく。

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