"流産を嗤う義母と四十年前の手紙" 第15話
財産分与として、のに私のパート代から持ちしていた活費の補填分、百万円が括で私の座に振り込まれた。 夫の定期預を崩して捻しただった。
区役所に婚届を受理された帰り。 私はの柔らかな差しを浴びながら、呼吸をした。
名字が、旧姓の「佐藤」に戻った。 戸籍の者は、私。 誰の付属物でもない、私自のが、ようやく法の元でも取り戻されたのだ。
それから、さらにが流れた。
私は配センターの契約社員となり、朝の仕込みから事務の管理までを任されるようになっていた。 収は取りで万円。 贅沢はできないけれど、賃万千円のアパートの賃を払い、休にさな鉢植えを買い、好きな茶をむには分な暮らしだった。
義母からは、半に度、いハガキが届く。
文面には、リハビリがんで自分で所のスーパーまで歩けるようになったこと。 ヘルパーさんとデイサービスを利用しながら、で暮らしていること。 そして最には、いつも同じ言葉がかれていた。
『由美さん、季節の変わり目です。体を切にしてください。返事はりません』
戻ってきてほしいという懇願も、み言も切ない。 ただ、過に犯した罪のさを噛み締めながら、くから私の無事を祈るだけの、静かな距。
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夫の消息は、の噂でしからない。 実をて暮らしを始めたが、自炊も掃除もできず、続きで体調を崩したらしい。 義母の介護費用を巡って親戚から「先だけの親孝者」とたい目で見られ、あれほど気にしていた「世体」を、自らので完全に失ったと聞いた。 けれど、もう私には関係のない世界の来事だった。
の澄み切った曜。
私が働く配センターの、設周を記する域交流の事会がかれた。 所の暮らしの齢者や、ボランティアのスタッフ、総勢が集まるきな集会所。
テーブルのには、私たちがから仕込んだ鮮やかな料理が並んでいた。 ちらし寿司、筑煮、鮭の幽庵焼き、茶碗蒸し。 湯気とともに、汁の優しいりが会いっぱいに広がっている。
宴が始まり、乾杯の声が響いた。 お寄りたちの楽しそうな笑い声。
私は無識に、エプロンの紐をきつく締め直し、ちがった。 が、自然と厨へと向かう。
(お茶のおかわりを淹れなきゃ) (空いたお皿をげて、洗いを回さなきゃ) (誰かがちがったら、すぐに代わりの料理を運ばなきゃ)
、私の体に染み付いた呪いのような反射神経。 笑顔の輪のに自分が混ざることは許されない。 私は扉の向こうのたい台所にって、誰かの宴を支えるだけの裏方でいなければならない――。
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そうって厨の簾にをかけた、そのだった。
「あら、由美さん! どこくのよ」
温かいが、私の腕を優しく引き止めた。 振り返ると、配センターのチーフが、丸っこい顔をほころばせて笑っていた。
「チーフ、私、洗い物を……」
「何言ってるのよ! 今は由美さんも主役のじゃないの。この、由美さんが朝くからどれだけ頑張ってくれたか、みんなってるわよ」
チーフは私のエプロンの紐を、するりと解いてくれた。 そして、私の肩を抱くようにして、広の央の席へと連れてった。
「由美さん、今はお客さんでしょう。こっちに座って!」
周りのスタッフやお寄りたちが、「そうだよ、由美さん!」「いつも美しいご飯をありがとうね」と、々に温かい声をかけて席を空けてくれる。
私の目のには、綺麗に取り分けられたちらし寿司と、温かいお吸い物が置かれていた。
がすくんだ。 座っていいのだろうか。 私が、この温かい所で、笑っているたちと同じテーブルに座っていいのだろうか。 誰の顔も窺わず、誰の罵倒に怯えることもなく。
「さあ、めないうちに召しがれ」
チーフに促され、私はゆっくりと座布団のに腰をろした。
割り箸を割り、筑煮の里芋をつ、に運ぶ。 ふわりと、丁寧にとった昆布と鰹の汁のりが広がった。
がする。 柔らかくて、温かくて、涙がるほど美しい。
界が、滲んでいく。 私は慌てて、元の布巾で目元を押さえた。
、私はいつも台所にいた。 族が笑いう声を、閉ざされた扉の向こうで、たいにを浸しながら聞いていた。 私の居所はそこにしかなかった。 誰かに許されなければ、息をすることすら罪だとい込まされていた。
けれど今。 私は、自分の席に座っている。
誰かの嫌を取るためでもなく。 誰かの犠牲になるためでもなく。 誰かに許してもらわなくても、私はここにいていいのだと、の底からえた。
窓のでは、の澄み渡る青空が、どこまでもく広がっていた。