"「お前は家族じゃない」と言った夫へ" 第1話
「あなたは入らなくていいわ。族じゃないんだから」
伊豆の老舗温泉旅館。 米寿を祝う豪勢な会席料理の残りが漂う広で、義母は座布団のから、悪気のない笑顔でそう言い放った。
歳。背筋は曲がっているけれど、声だけは昔と変わらず甲く、よく通る。
私のすぐ隣で、夫の正彦がなんの躊躇もなく、自分のスマートフォンを私の胸元へ突きしてきた。
「ほら美智子、く撮ってくれよ。仲居さん呼ぶのも面倒だしさ」
画面のカメラがすでに起している。 液晶に映しされていたのは、屏のに並んだ「族」の姿だった。
央に座る義母。 その隣には男である夫の正彦。 隣には、京からぶらでやってきた義弟の弘。 そして義母の肩にを回し、らしく首を傾げている義妹の恵子とその娘。
誰ひとりとして、私の方を見ていなかった。 誰ひとりとして、座布団がひとつりないことに違を抱いていなかった。
私の界が、ぐにゃりと歪んだ。 喉の奥が急速に干からびて、唾をみ込むことすらできない。
……族じゃない?
。 私がこのに嫁いでから、流れたのさが、ので鈍い音をてて崩れ落ちていく。
婚の頃から同居し、義父を取り、腰がくなった義母の排泄の世話から通院の付き添いまで、すべてを背負ってきたのは誰だったのか。
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特に義父がくなってからのここ。 介護度ががっても「らないにに入られるのは気が悪い」「施設なんて姥捨てだ」と喚き散らす義母のために、公な介護保険の枠をとうに超えた民の訪問介護と個別リハビリを組み、毎万円もの費用を、私の個座から補填し続けてきたのは誰だったのか。
正彦の稼ぎだけでは到底りないからと、私が結婚に貯めていた定期預を解約し、実の両親が遺してくれたわずかな遺産を取り崩し、パートのシフトを縫うようにして面してきた。
それなのに。
「美智子、くしろよ。母さん腰が痛くなっちまうだろ」
正彦が苛ちを隠さずに急かす。
レンズの向こうで、義妹の恵子が笑った。 「お母さん、もっと笑って! きしてね!」
私に向けられた線はひとつもない。 私は、旅館のたい畳のに膝をついた。
指先が微かに震える。 息を吸い込むと、肺の底に氷を流し込まれたような気が広がった。
「……はい、撮りますね」
声がかすれそうになるのを、奥歯を噛み締めて押し留めた。 角を無理やり引きげ、私は努めて穏やかな声を作った。
「はい、笑って。……はい、チーズ」
カシャ、と乾いたシャッター音が静まり返った広に響いた。
画面のの彼らは、完璧な「仲睦まじい」の顔をしていた。
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誰の目にも、カメラを構えている私の姿は見えていない。
「もう枚いっとくか?」 正彦が言った。 「ううん、もう分よ。綺麗に撮れてるわ」
私はスマホを正彦に渡した。 正彦は画面をチラリと確認すると、「よし、バッチリだな」と満げに頷き、そのまま自分のポケットに突っ込んだ。
私への「ありがとう」のひと言すらない。 それはまるで、で通りすがりの観客にシャッターを押してもらったあとのような、当たりの雑用に対する態度だった。
「お母さん、お呂きましょうか。呂、予約してあるのよ」 恵子が義母のを引く。 「そうねえ。美智子さん、あっちの部に脱カゴがあるから、着替えとバスタオルを運んでおいてちょうだい」
義母は私を度も見ることなく、実の娘に寄り添って歩きした。 弘も「俺、売でビール買ってくるわ」と欠伸をしながら広をていく。
残された広い部の、べ散らかされた皿と、めきった吸い物の椀だけが並んでいた。
私はそのにち尽くしていた。
悔しいとか、しいとか、そんな単純なではなかった。 臓の真んに、ぽっかりと底の抜けた穴が空いて、そこから分の体温が音をてて漏れしていく覚だった。
――族じゃない。
そうか。 そうだったのか。
義母にとっては、都よくの世話をし、事を作り、文句も言わずにを差しす「便利な召使い」
に過ぎなかったのだ。