"病室を愛人に譲れと言った医師の夫" 第13話
スピーカーの音量を極限までげ、に当てて再ボタンを押した。
受話器の向こうから聞こえてきたのは、酔し、涙とでぐちゃぐちゃになった夫の、れな嗚咽だった。
『真由美……頼む、てくれ……! 俺が悪かった、俺が全部悪かったんだよ……! 織とは完全に終わった。サロンの借も、クリニックの減収も、もう限界なんだ……! おがいないと、俺は何もできないんだよ……!』
掠れた叫び声。 背で、酒瓶が倒れるガシャンという音が響く。
『今になって分かったんだ……おがどれだけ俺を支えてくれてたか……どれだけ守ってくれてたか……! 頼むから、もう度やり直してくれ! で、でからやり直そう……! 俺をにしないでくれ、真由美……頼むから……!』
泣きじゃくる男の声。 かつて「おはただの内職だ」「欠陥品だ」と私を罵倒し、の妻を個から追いそうとしたあの男の、あまりにも無様な末だった。
私は画面を見つめたまま、しばらくの、静かに息を吸い込んだ。
かつての私なら。 自分を犠牲にすることでしかを確認できなかった、あの愚かだった頃の私なら、この声を聞いてが揺らいでいたかもしれない。 「私が戻らなければ、このは破滅してしまう」と、自分を呪いのように縛り付けていたかもしれない。
でも、今の私には、痛烈なほどはっきりと分かっていた。
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この男が泣いているのは、私をしているからではない。 失った「便利な歯」と「都のいい盾」を取り戻したいだけなのだ。 自分が招いた現実の圧から、ただ誰かに代わりになって逃げしたいだけなのだ。
私は録音の消ボタンを押した。
音声は、プツリと無質な音をてて消滅した。
そして、その番号を完全にブロックリストへ追加した。
夜の静寂が、部に戻ってきた。
横を見ると、娘がさな両をバンザイの形にして、すやすやと眠っていた。 胸元が、規則正しくさくしている。
私はベッドからそっと抜けし、窓辺へ歩み寄った。 カーテンをけると、夜空の向こうに、淡い黎のが差し始めていた。
あの。 妊娠かの病で、夫から「個を譲れ」と言われたあの。
私はずっと、自分がし続ければ、波をてなければ、いつか報われると信じていた。 けれど、それは優しさではなく、ただの現実逃避だった。 自分を切にしてくれないにどれだけ尽くしても、返ってくるのは更なる搾取と侮蔑だけなのだと、あのたい病が教えてくれた。
だから私は、で初めて「嫌です」と言った。
たった文字だった。 けれど、あの言から、私と娘の本当のが始まったのだ。
夫は私を捨てたつもりだった。 けれど本当は、私がもう度と、あの澱んだ暗へ戻らないと決めただったのだ。
「……おはよう」
目を覚ました娘が、私の声に気づいて、ふにゃりと元を緩めた。 さなが、私の胸元をぎゅっと掴む。
私は娘を抱きげ、しく始まる眩しい朝ののへと、しっかりとを踏みした。