みかん小説
本棚

"恩人面する夫の47分" 第10話

浩司は顔を覆い、子供のようにしゃくりげた。

「もし、ここで救急を呼んで親父さんが助かったら、俺は確実に告発される。会社をクビになって、横領で刑務所きになる……そうったら、指がかなかったんだ! 先にあのファイルを隠さなきゃって……それしか考えられなくなったんだ!」

「だから、庫をけたのね」

「親父さんの鞄から鍵を探して……庫をけて、関連する類を全部抜いて……そしたら佐々が入ってきて……パニックになって……!」

「パニック?」

私は、パイプ子に座る男の顔を、真っ直ぐに見据えた。

「浩司さん。あなたはその、父の鞄から鍵を探し、暗証番号を回して庫をけ、必な類だけを選び取って鞄に詰めた。そして部からてきた社員に『親父は眠っているから邪魔をするな』と嘘をついて追い払った」

浩司の呼吸が、ヒュウ、ヒュウと喉で鳴った。

「それだけの計算ができておきながら……あなたは、たった桁の、119番を押すことだけは『パニックで忘れていた』と言うの?」

浩司は、何も答えられなかった。 ただ、涙とをに滴らせながら、さく震えるだけだった。

言い逃れなど、最初からしなかったのだ。 この男は、自分の位と保のために、の境を彷徨っていた義父を見殺しにする選択を、自らの志でったのだ。

「……警察には、すべてを正直に供述してください」

広告

私はそれ以、浩司を責める言葉をにしなかった。 どんな罵声を浴びせても、にたくなっていった父の温もりが戻ってくるわけではないからだ。

部をる際、私は度だけ振り返り、に崩れ落ちた男の背に告げた。

「婚届は、私が本物の実印を押して、今に提しておきます。……度と、私のに現れないで」

数。 藤原精の社内から、浩司と美穂の私物は完全に撤された。 横領された資の部は座の差し押さえによって保全され、会社の当面の運転資の危は回避された。

私は社の子には座らなかった。 任の社には、先代の理を最もよく理解し、職たちからの信頼もいさんが就任することになった。 私はただの株主として、父の遺した会社が誠実に続いていくのを見守るを選んだ。

続きのすべてが段落した週末、私はで、父が晩を過ごした古い実を訪れた。

具が片付けられ、がらんとした斎。 埃を払うため、父が使っていたきな製デスクの引きしをつずつけていく。

番のい引きし。 その奥の仕切り板の隙に、枚のさな付箋が挟まっているのを見つけた。

父の、几帳面で力い万の文字。 付は――20221118。 父が倒れた、まさにそのの付だった。

広告

『曜、本先と最終確認。浩司の処分について協議。 夜、由美に話すること。美い鍋でもわせる。』

界が、瞬で滲んだ。

ポタ、と。 のに、粒の涙が落ちて、黒いインクがしだけ滲んだ。

父は、あの。 娘の夫を告発しなければならない苦しみを抱えながら、それでも私を気遣い、話をくれようとしていたのだ。 何もらずに暮らしていた娘に、温かい鍋を作ってべさせようとしていたのだ。

その約束は、永に果たされることはなかった。

そのの午、私は寺の墓にいた。 たく澄んだが、墓の周りの々を揺らしている。

てにしい菊を供え、線にを灯した。 ちるの煙が、まっすぐに青空へと吸い込まれていく。

私は墓に、しく製本し直された藤原精の決算報告と、あの父のメモをそっと供えた。

「お父さん、ごめんなさい」

たい墓にを触れながら、私は静かに語りかけた。

「私、ずっと謝していたの。お父さんを最初に見つけて、取ってくれたのは浩司さんだって……そう信じて、もあのにをげてきてきちゃった」

涙が、止まらなかった。 胸の奥で、張り詰めていた何かが、温かい痛みとなって溶けしていく。

「お父さんが最に番助けを必としていた、あのは、お父さんを助けることじゃなくて、自分の庫をけることを選んだ。

……もっとく気づいてあげられなくて、本当にごめんなさい」

が吹き抜け、線のがさく散った。

「会社はね、さんと鈴さんたちが、ちゃんと守ってくれることになったよ。もう、誰も嘘をつかない、お父さんがした通りのに戻るから」

私は涙を拭い、ポケットからあの古い万を取りした。 無数の傷がついた、父の形見。 それを胸元にぎゅっと抱きしめ、背筋を伸ばした。

「私も、もうを向いてきるね。誰かの顔を窺って、お茶を運ぶだけの々は、もう終わり」

墓をにする私の取りは、のあの以来、番確かで、力かった。

空はどこまでもく、青く澄み渡っていた。

父がくなったの、私は夫に謝し続けていた。 倒れた父を、最初に発見してくれただと信じていたから。

けれど――。 父を最初に見つけたそのは、父が番きたかったその瞬に、救急ではなく庫を選んだだった。

その残酷な真実を胸に抱いたまま、私は私の、しいを歩ずつ歩き始めている。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: