"都合のいい下請けの妹" 第16話
「は寒いだろう、珈琲が入ったよ」
見慣れた宅の角を曲がると、古い瓦根の実が見えてきた。
庭の柿のは無骨に枝が剪定され、し格好だったが、落ち葉は綺麗に箒で掃き集められていた。
かつてのように完璧な庭園ではない。
だが、誰かが自分ので活を維持しようとしている、確かな気配があった。
扉を押しけ、玄関のポーチにつ。
ポケットのにを入れる。
当然、鍵はない。
私はためらうことなく、インターホンのボタンを押した。
数秒、のからバタバタと軽い音が響いてきた。
鍵がれる音がして、勢いよく引き戸がいた。
「あ、伯母ちゃん!」
びしてきたのは、赤いフリースを着た美羽だった。
以のようにの顔を窺うような怯えは消え、のをし赤くした、相応のるい笑顔だった。
「いらっしゃい! 美羽、今クリスマスツリーの飾り付けしてたとこ!」
「そうなの? もうそんな季節ね」
私が笑いかけると、美羽は私の元を見て、議そうに首を傾げた。
「あれ? 伯母ちゃん、今鍵持ってないの?」
子どもの無邪気な問いだった。
私は美羽のにそっとを置き、優しく微笑んだ。
「うん。持ってないよ」
「ふーん。パパがね、いつも居の引きしの番に、伯母ちゃんの鍵を置いてるんだよ。『奈津子がいつでも取れるように』って。
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持って帰ればいいのに」
「いいのよ、これで」
私が答えた、廊の奥からい音がづいてきた。
現れたのは、誠だった。
毛玉のついた古いグレーのセーターに、ジーンズ姿。
には濡れた布巾を持っていた。
髪がし増え、頬の肉が落ちていたが、ヶのあの狂気配を帯びた傲さや、法事のの無様なけなさは、綺麗に消えていた。
その目は、真っ直ぐに私を見ていた。
「……来たか」
「ええ。階の箪笥、見てもいい?」
「ああ。そのままにしてある。にがるに――」
兄はそこで言葉を切り、に持っていた布巾で無造作に指先を拭った。
私は瞬、構えた。
またあの鍵を突きしてくるのだろうか。
それとも、溜まった類のを見せて、「これの処理を教えてくれ」と頼み込んでくるのだろうか。
だが、兄のからてきたのは、私の予のどれとも違う言葉だった。
「は寒いだろう。珈琲が入ったよ」
「……え?」
「インスタントだけどな。さっき由美と美羽ともうとって、湯を沸かしたんだ。……むだろ?」
兄はそう言うと、引き戸をきくけ放ち、自分から玄関のへスリッパを並べた。
そこには、主としての横柄さも、妹への卑屈な媚びもなかった。
ただ、寒いのに訪ねてきたの内を、炉のある部へ招き入れるような、ごく自然な仕だった。
私はかれた玄関の向こうを見た。
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廊の突き当たり、居のドアのガラス越しに、温かなオレンジのかりが灯っているのが見えた。
微かに、っぽいドリップコーヒーのばしい匂いが漂ってくる。
そこはもう、私の「本」ではない。
私がすべてを背負い、自分の義を証するためにを削るべき所でもない。
決定権も、責任も、すべて兄たちのものだ。
私はこのの修繕でも、請けの清掃員でもない。
けれど――。
「……ありがとう。いただくわ」
私は靴を脱ぎ、がり框へとをかけた。
鍵は、いらない。
自分のでい扉をこじけ、無償の労働を差しすことでしか居所を作れなかった過は、もう完全に終わったのだ。
何も背負わず、何の産も持たず、ただ「寒いから」という理由だけで、温かい珈琲をみにち寄ることができる。
そのささやかな距こそが、私たちが以の歪みを経て、ようやくに入れた本当の族の形だった。
「お父さん、マグカップりる? 美羽が持ってくる!」
奥から美羽の弾んだ声が響き、兄が「落とすなよ」とく返事をする。
私はコートのボタンをし、温かなかりの灯る居へと、ゆっくりと歩みをめた。