"学年五位の二浪息子" 第17話
まだ選ばなくていい
になり、には初の匂いが漂い始めていた。
アパートのベランダからは、くののグラウンドから響く、運部の掛け声がに乗って聞こえてくる。
直は、予定通り県に入学した。
全県模試でトップクラスだったからといって、で神童扱いされるような劇な展は何もなかった。最初の実力テストでは学で番くらいだったし、先週のテストでは英単語のスペルを違えて、悔しそうにを抱えていた。
けれど、あの子の毎は、確かにきしていた。
「ただいま」
夕方半、玄関のドアが勢いよくき、自転の鍵をチャリチャリと鳴らす音がした。
「おかえり。かったじゃない」
台所から顔をすと、しに焼けた直が、首から古いレフカメラを提げてっていた。夫の遺品だった、たいニコンのフィルムカメラだ。
「今、放課にの鍵けてもらえたんだ。夕焼けがすごく綺麗でさ、フィルム本分、全部撮っちゃった」
「現像代、またかかるわね」
「今度の曜、バイトの面接くから! 自分で払うよ」
そう言って笑う息子の顔には、かつて眉に刻まれていたい縦皺は、跡形もなく消えっていた。
直が制を着替えるために部へ戻った、私はリビングの類棚の理を再した。
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からの配布プリントをまとめるために、古い引きしの奥をかき回していると、底の方から枚の黄いプラスチック板が指に触れた。
取りしてみると、それは先の塾で配られていた、単語暗記用のチェックシートだった。
その裏側に、折り畳まれたさなメモが挟まっていた。
の。
直が度目の格を経験した翌、先が私に渡してきた、万のメモだった。
『君の才能を無駄にするな。栄は、諦めなかった者だけに訪れる』
達で、力くかれた文字。
かつての私は、この言葉を涙を流しながら読み、神棚のようにありがたがっていた。この言葉こそが、貧しいがの唯の希望のだと信じ込んでいた。
私はその片を、夕暮れのに透かしてじっと見つめた。
先を、完全に憎むことはどうしてもできなかった。
あのがいなければ、直は勉の面さをることはなかっただろう。自分に価値があるのだと信じる瞬を、わうこともなかったはずだ。
先は、本気だったのだ。
本気で直の才能をし、本気でそのみを見ていた。
ただ、し方を違えただけなのだ。
才能という器のにいる、ののを、見失ってしまっただけなのだ。
私はメモを破り捨てなかった。
そっとつ折りに畳み直すと、引きしの番奥の、アルバムの隅に静かに滑り込ませた。
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あのを、なかったことにはできない。
苦しみも、過ちも、すべてを抱えたまま、私たちはへむしかないのだ。
「ご飯、できたわよ」
卓に、豚肉とキャベツの噌炒めと、豆腐の噌汁を並べる。
部からてきた直は、パイプ子に腰掛けると、勢いよく米をかきこみ始めた。
「あ、そうだ、お母さん」
箸をかしながら、直がふといしたように言った。
「今、のアンケート配られたんだよね。のうちから、文系か理系か、学はどうするかって」
「もうそんな期なの? いこと」
直はし箸を止め、困ったように眉をげた。
「写真、楽しいんだけどさ……将来カメラマンになりたいかって言われると、そこまでの自信はなくて。かといって、理系の研究者になりたいわけでもないし。……僕、を卒業する、また自分が何をしたいのか分からなくなったら、どうしよう」
しそうに私を見る瞳。
私ののに、瞬だけ、かつてのように「こういう資格を取れば堅いんじゃない?」「あなたの数学の成績なら、経済学部とか……」という、親切そうなアドバイスの言葉が浮かびがった。
私は自分のをで覆い、さく息を吐いた。
そして、笑った。
「そのはね、まだ選ばなくていいのよ」
「え?」
直がきょとんとして顔をげた。
「分からないなら、分かるまで待てばいいの。
学に入ってから決めたっていいし、働きながら探したっていい。なんてね、歳になっても歳になっても、自分が何に向いてるかなんて分かってないのほうがいんだから」
直は目を丸くし、それから吹きすように笑った。
「何それ。無責任だなあ」
「無責任で結構。あなたが毎ちゃんとご飯をべて、笑って寝てくれれば、私はそれ以何も望まないわよ」
「……分かった。じゃあ、アンケートには『未定』っていとく」
「そうしなさい」
直は満そうに頷くと、再びきなお椀をに運び、噌汁を美しそうにすすった。
窓のでは、夕の向こうで、番が静かに瞬き始めていた。
私たちはもう、誰かの描いた完璧な図を持っていない。
どこへ辿り着くのかも、何者になれるのかも分からない。
それでも、自分ので選び、自分のペースで歩いていくこののりが、たまらなくおしかった。