"消えた夫と十二時十分の弁当" 第16話
く起きた朝
の気配は、朝の空気のたさから忍び寄ってきた。
修司が姿を消したあの初から、ヶが過ぎていた。
の物流倉庫で臨雇用として働き始めた修司は、に入ってから、別の堅運送会社の配デスクに再就職が決まった。
かつてのようなのい当はない。基本も幅にがったが、朝から夕方までの固定勤務で、トラックの運ルートを組みてる堅実な仕事だった。
奈央との関係は、劇には変わらなかった。
けれど、に度、駅のファミリーレストランでだけで会うようになった。
奈央は父親ので相変わらず仏頂面を崩さなかったが、学の模擬試験の成績表を見せたり、推薦入試の論文のテーマについて愚痴をこぼしたりするようになった。
修司はを挟まず、ただ相槌を打ちながら娘の話を聞いていたという。
「お父さん、よりの話を聞くようになったよ」と、ある晩、奈央が台所でポツリと言った。
修司は週に度か度、私のにふらりと現れた。
決まって閉際の半過ぎだ。
Aセットを買い、梅干しを抜き、玉子焼きは追加せず、きっちり定価を払って帰る。
カウンター越しに交わす会話は、
「最、腰はどうだ」
「仕込み用の米の値段ががって変よ」
といった、のない世話だけだった。
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けれど、その分ほどのが、かつてのよりもずっとく、互いの体温を伝えているのをじていた。
の半ば、肌寒い曜の夜。
駅のさな蕎麦で、久しぶりにで酒をんだ帰り、修司がを止めて言った。
「美」
灯のいので、彼はポケットにを入れたまま、私を見た。
「……来から、に戻ってもいいだろうか」
性急な懇願ではなかった。
拒絶される覚悟を持った、静かな問いかけだった。
私はち止まり、たくなり始めたのを胸いっぱいに吸い込んだ。
許すとか、許さないとか、そういう次元の話ではなかった。
私たちは度壊れたのだ。以と同じ『当たりの夫婦』に戻ることは、もう度とできない。
「……週末だけなら」
私は微笑みながら言った。
「平は今まで通り、アパートで自分で自炊しなさい。曜の夜に来て、曜の夜には戻る。それで奈央の様子を見ながら、しずつね」
修司は目を見張り、それから照れくさそうに笑った。
「そうだな。……それがいい」
そして迎えた、の最初の曜。
午。
障子を通して差し込む柔らかな朝ので、私は目を覚ました。
階から、微かに何かが爆ぜる音が聞こえていた。
トントントン、とリズミカルにまな板を叩く音。
それから、ジュウッという、バターがフライパンので溶けるばしい匂い。
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寝巻きのにカーディガンを羽織り、階段をりてリビングの引き戸をけた。
ダイニングテーブルのには、つのい皿が並んでいた。
軽くトーストされたパンと、千切りのキャベツ、それに、綺麗に黄が半熟に仕がった目玉焼きがつ。
台所にっていたのは、紺のエプロンをつけた修司だった。
フライパンのを止め、菜箸を置いてこちらを振り返った。
「起きたか」
「……何よ、これ」
私が目を丸くすると、修司はし決まり悪そうにを掻いた。
「たまにはいいだろ。目玉焼きくらいしか作れないけどな」
「珍しいわね。あなたが台所につなんて」
卓の子を引きながら、私は聞いた。
私のために罪滅ぼしをしたいのか、それとも『これからは事を伝う良い夫』を演じようとしているのか、しだけ試すような調になってしまった。
「今、どうしてあなたが作ってくれたの?」
修司はトースターからパンを取りし、皿に乗せながら、事も無げに言った。
「いや。……ただ、く起きたから」
その答えを聞いた瞬、私の胸の奥に、ふっと温かいものが広がった。
『おを助けるため』でもなく、『許してもらうため』でもない。
腹が減って、く起きたから、自分ので飯を作り、目のにいるの分もついでに並べた。
ただ、それだけのこと。
「そう」
私は席に着き、箸を取った。
「じゃあ、めないうちにいただきましょう」
「ああ、べよう」
修司も向かい側の席に腰をろした。
テーブルのには、もうあの角いプラスチックの弁当箱はなかった。
画面越しの注文も、暗号のような備考欄も、過剰な優しさの玉子焼きも、どこにもしなかった。
ただ、のが、自分ので選んだ朝のので、向かいって朝をに運んでいた。
「……目玉焼き、ちょっと塩がりないかもな」
「いいのよ。醤油かければ分だから」
ささやかな笑い声が、たいの朝の台所に、静かに溶けていった。