"届かなかった母の手紙" 第10話
集団就職列に乗り、京や阪などのや商へ働きにる。
15歳、16歳という齢で親元をれ、寮活を送りながら働く若者もかった。
今のように、れていてもすぐ声を聞ける代ではなかった。
話を持たないも珍しくない。
くれた族をつないだものは、だった。
1枚の葉。
1本の報。
郵便局から届くわずかな仕送り。
その1つ1つが、故郷とのつながりだった。
だからこそ、1通のが届かないことは、にきなを持った。
芳子はそのも、母の箱を切に保管した。
引っ越しをしても。
結婚しても。
活が変わっても。
箱だけは元へ置いた。
最初の葉には、
「よしこへ」
としかかれていない。
次には、
「げんきか」
その次には、
「ごはんたべてるか」
しずつ字数が増え、形もっていく。
並べて見ると、4のがそのまま残っていた。
それは母が文字を覚えた記録であり、同に、くれた娘をい続けた記録だった。
芳子にとって、どれも派な文章ではなかった。
誤字もあった。
震えた文字もある。
消してき直した跡も残っている。
涙なのかなのか分からない染みもある。
けれど、どんな美しい文章より切だった。
芳子が何度も読み返したのは、番最の葉だった。
「芳子へ
元気に働いていますか。
母ちゃんは字がで、なかなかをせませんでした。
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京で恥ずかしいいをさせたくなかったのです。
でも本当は、毎あなたのことを考えています。
帰ってこなくてもいい。
京で幸せになってください。
母より」
母が4かけてけるようになった文章だった。
芳子はになって、その葉を読むたびった。
母が本当に伝えたかったのは、もっとい言葉だったのかもしれない。
「元気か」
「ちゃんとべてるか」
そして、
「忘れたは1もない」
それだけだったのだと。
15歳の、列の窓からを振った自分は、母から度もが来ない未来など像していなかった。
母もまた、こんなにく娘へ言葉を届けられなくなるとはっていなかっただろう。
親子は4、互いに相をいながら、互いに孤独だった。
芳子にはが届かなかった。
けれど、本当は何もなかったわけではない。
田のさなでは、母の言葉が何度もまれていた。
1枚。
また1枚。
送られない葉が箱へなっていった。
届かなかっただけで、いまで消えていたわけではなかった。
それをるまでに、芳子は4かかった。
そして4ぶりに帰った駅で、母が最初に言ったのは、京へ送りしたの言葉だった。
「ちゃんとべてるか」
芳子は泣きながら、
「べてるよ」
と答えた。
たったそれだけの会話だった。
けれど、そのい言葉のに、届かなかった何通ものが全部入っているようにえた。
母が度も娘を忘れなかったこと。
娘も本当は度も母を忘れられなかったこと。
言葉にできないがあっても、消えないいがあること。
箱に残された葉は、そのも芳子のそばにあり続けた。
母が4かけて覚えた文字。
それは、たった1の娘へ、
「あなたをわなかったはない」
と伝えるための文字だったのである。
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