"最後の迷子放送" 第1話
昭49、方都の駅には、町でいちばんきな建物と言ってもよい「丸百貨」がそびえていた。茶の壁に赤い号が掲げられ、正面玄関のには線バスとタクシーが絶えず入りしている。まだ郊に型商業施設などほとんどなかった頃、丸百貨へかけることは、町の々にとって単なる買い物ではなく、し特別なをしていた。
1階には化粧品売りと菓子売りがあり、入くでは国製のがガラスケースのに並んでいた。へりれば総菜や乾物、の階へけば婦、紳士、子ども、玩具、具と続き、最階の堂では、旗のったお子様ランチやプリン・ア・ラ・モード、クリームソーダが気だった。曜ともなれば、よそきのを着せられた子どもたちが親のを引っ張り、エスカレーターのには途切れることのないの流れができていた。
にはさな遊園まであった。子どもが3も乗ればいっぱいになる観覧、貨を入れるとゆっくりく馬、それに網で囲まれたゲームコーナーがあり、れたにはくの並みまで見渡せた。買い物の途で堂へ入り、最にで子どもを遊ばせて帰るのが、この町の族にとってささやかな休の定番だった。
広告
その、22歳の恵子は丸百貨に入社し、1階正面玄関横の案内所へ配属された。いブラウスに紺の制、胸元には赤いスカーフを結び、毎朝鏡ので笑顔を作ってから売りへつ。案内係の仕事は館内の売りを教えるだけではなく、落とし物の受付、迷子の保護、呼びし放送、には具を悪くした客への対応まであり、恵子が像していた以に忙しかった。
「迷子のお呼びしを申しげます。黄いセーターに紺の半ズボンをお召しになった、5歳くらいの男のお子さまをお預かりしております」
入社してもない頃、恵子はその定型文を何度も練習させられた。館内放送では声を急がせず、しかし聞き取りやすく、子どもの特徴を簡潔に伝えなければならない。泣きじゃくる子を抱えた母親が駆け込んでくることもあれば、親とはぐれた幼児が名も言えずに案内所の子へ座っていることもあり、曜には数件の迷子がることも珍しくなかった。
そのため恵子は、最初、その婦も迷子の母親なのだとった。
6の第1曜だった。午250分をし過ぎた頃、柄な婦が混みを縫うように案内所へづいてきた。齢は60歳に見え、紺の着物にの羽織をね、には角の擦り切れた古い革の提げを持っていた。
広告
婦は案内所ので度さくをげると、恵子の隣にいた先輩の案内係、杉本へ声をかけた。
「すみません。今もお願いできますか」
は驚く様子もなく、「はい、々お待ちください」と答えた。婦の名も、迷子になった子どもの齢も装も聞かず、さな用に何かをき込んでから放送へ回したため、恵子は議にった。けれどの自分がを挟むことでもないと考え、そのまま別の客への案内を続けた。
やがて井のスピーカーから、聞き慣れた案内係の声が流れ始めた。
「迷子のお呼びしを申しげます。京ちゃん、京ちゃん。お母さまが1階案内所でお待ちです」
恵子はわずを止めた。黄いとも、5歳とも、男の子とも女の子とも言わず、ただ「京ちゃん」とだけ呼んでいる。しかも婦は配そうに館内を見回すわけでもなく、案内所の横に置かれた子へ静かに腰をろした。
5分が過ぎても、10分が過ぎても、子どもは現れなかった。婦は腕計を見ることさえせず、々がき交う正面玄関のほうをじっと眺めていたが、やがてゆっくりちがると、へ丁寧にをげた。
「ありがとうございました。また来、よろしくお願いします」
恵子が聞き違えたのかとっているうちに、婦は混みのへ消えていった。
「また来って……どういうことですか」
恵子が声で尋ねると、は伝票を理するを止めず、「昔から来ている方なのよ」
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
五輪を見なかったテレビ屋
昭和39年10月10日、東京オリンピックの開会式の日。 商店街のテレビ店「藤田電器」には、テレビを持たない町の人々が集まり、店先の白黒画面に映る国立競技場を見つめていた。日本中が復興の喜びに沸くその日、店主の藤田信夫だけは、なぜか開会式を見ようとしなかった。 息子の浩一が店の奥を探すと、父は倉庫で古い木箱の前に一人座っていた。 「父ちゃん、始まったよ」 そう声をかけても、信夫はただ「お前は見てこい」と言うだけだった。 それから長い年月が過ぎ、父の死後、浩一は倉庫の奥から一冊の手帳と、昭和21年の上野で撮られた古い写真を見つける。そこには、戦後の焼け跡を生きた父と、4人の少年たちの姿が残されていた。 なぜ父は、日本中が歓声を上げた東京五輪の開会式を見なかったのか。 古い手帳に残された約束が、浩一の知らなかった父の戦後を静かに明かしていく――。昭和1.6萬字5 29 -
完結第14話
帰れなかった15歳
昭和35年、15歳の佐和子は、弟たちを助けるために集団就職列車へ乗り込んだ。 向かう先は東京。母が持たせてくれた竹皮の握り飯を抱え、佐和子は故郷を後にする。だが上野駅に到着した時、点呼に彼女の姿はなかった。 座席に残されていたのは、食べかけの握り飯だけ。 「怖くなって逃げた」「男と消えた」――小さな町では、心ない噂だけが広がっていく。それでも母だけは、娘が理由もなく姿を消すはずがないと信じ続けた。 それから23年後。 同じ列車に乗っていた同級生のもとへ、一通の封書が届く。 「佐和子は、東京まで来ています」 あの日、少女は本当にどこへ消えたのか。 母が知らなかった23年の真実が、ようやく動き出す。昭和2.1萬字5 20 -
完結第10話
ラジオの涙
昭和26年、東京郊外の小さな家で、父は毎晩8時になると必ず古いラジオの前に座っていた。 家族が眠る時間になっても動かず、静かに放送へ耳を傾ける父の目には、いつも涙が浮かんでいた。 息子は、戦争で失った誰かを思い出しているのだと思っていた。 しかし、父が亡くなった後、押し入れの奥から見つかった一枚の古い紙が、家族の知らなかった過去を明らかにする。 終戦の日、小さなラジオを囲んだ兵士たち。 そこで父が感じた、決して忘れることのできない「ある瞬間」とは――。 一人の父が何十年も胸にしまい続けた、涙の本当の理由が今明かされる。昭和1.4萬字5 131 -
完結第10話
名前のない弁当箱
昭和28年、東京下町の小さな町工場に、毎月決まった日に名前のない弁当箱が届き始めた。 中には手作りの弁当だけ。差出人の名前も、手紙もない。 戦後の苦しい時代、社員たちを支え続けた社長・山本源一郎は、その弁当の送り主を知っているようだった。 しかし、何十年もの間、彼は決してその名前を明かそうとはしなかった。 なぜ誰かは、名乗ることなく弁当を届け続けたのか。 そして、その小さな弁当箱に込められていた、戦後から続く約束とは――。昭和1.5萬字5 151 -
完結第10話
忘れられなかった一つの名前
昭和32年、父・佐藤隆一は、古びた軍服のボタンを何十年も大切にしまっていた。 家族が「もう捨ててもいいのでは」と言っても、父は決して手放そうとしなかった。 しかし、父の死後、そのボタンの裏に刻まれた見知らぬ男の名前が、息子・健一の知らなかった過去を呼び起こす。 なぜ父は、一つの古いボタンを守り続けたのか。 そこには戦争の記憶ではなく、時代を越えて守られた、一人の青年との約束が隠されていた――。昭和1.5萬字5 47 -
完結第10話
忘れられなかった一つの名前
昭和32年、父・佐藤隆一は、古びた軍服のボタンを何十年も大切にしまっていた。 家族が「もう捨ててもいいのでは」と言っても、父は決して手放そうとしなかった。 しかし、父の死後、そのボタンの裏に刻まれた見知らぬ男の名前が、息子・健一の知らなかった過去を呼び起こす。 なぜ父は、一つの古いボタンを守り続けたのか。 そこには戦争の記憶ではなく、時代を越えて守られた、一人の青年との約束が隠されていた――。昭和1.5萬字5 369 -
完結第10話
焼け跡の花束
昭和22年、焼け跡が残る東京の街角で、毎朝誰にも知られず置かれる小さな花束があった。 野に咲く数本の花を、まだ幼い少年が古いレンガ壁の前にそっと置いていたのだ。 戦争で両親を失った少年を救ったのは、すべてを失いながらも一切れのパンを分けてくれた一人の女性だった。 それから何十年もの間、少年が守り続けた約束。 なぜ彼は、誰もいない焼け跡へ毎朝花を届け続けたのか。 戦後の混乱の中で生まれた、小さな優しさと忘れられない「ありがとう」の物語――。昭和1.5萬字5 1227 -
完結第11話
手書きの時刻表
昭和45年、山あいの小さな駅で、1人の駅員が30年以上大切に続けていた習慣があった。 田村修一が毎月作る手書きの時刻表には、列車の時間だけではなく、利用者一人ひとりの暮らしや小さな約束が記されていた。 若い駅員には古い習慣に見えたそのノート。しかし、雪の日に病院へ向かう老人を救った時、彼は初めて気づく。 それは単なる時刻表ではなく、町の人々の人生をつなぐ大切な記録だった。 やがて田村の定年の日、古いノートの中から見つかった一つの名前が、若い駅員の心を揺さぶる――。昭和1.6萬字5 790 -
完結第11話
最後の上映会
昭和49年、40年以上続いた小さな映画館「銀星座」が閉館した。 最後の上映を終え、静かに幕を閉じたはずの映画館に、翌週から毎週1本の古いフィルムが届き始める。 添えられていた紙には、ただ一言。 「今週も上映してください」 不思議に思いながら映写機を回した館主・山下清治が見たのは、映画ではなかった。 そこに映っていたのは、かつてこの町で暮らした人々の笑顔、失われた風景、そして誰も忘れていた大切な時間だった。 送り主はいったい誰なのか。 なぜ閉館した映画館へ、毎週フィルムを届けるのか。 一本の古い映像が、昭和の町に残された記憶を静かに呼び起こしていく――。昭和1.6萬字5 176 -
完結第10話
母が着続けた一枚の着物
昭和45年,母は20年以上もの間、同じ古い着物を着続けていた。 娘の美紀は、そんな母の姿をずっと「貧しいから我慢しているだけ」だと思っていた。正月も、結婚式の日も、新しい着物を選ばず、何度も直した一枚を大切にしていた母。 しかし、母が亡くなった後、古い着物の内側から見つかった小さな刺繍が、美紀の知らなかった過去を呼び起こす。 なぜ母は、その着物を何十年も手放さなかったのか。 そこには、戦後の苦しい時代を生きた女性たちの、忘れられない約束が隠されていた――。昭和1.5萬字5 1750