"北アルプスの0.5秒" 第11話
へ登る々の姿がある。
が吹くたび、黄くづいた葉が登を横切っていく。
事件が起きた休憩所も、15ときくは変わっていなかった。
ベンチ。
くの稜線。
森へ続く細い。
桜の族は、彼女が見つかった、度だけ現を訪れた。
齢の母親はへ登れなかったため、兄たちだけがを運んだ。
さなを持って。
「桜」
兄が崖の方向を見る。
「帰ろう」
返事はない。
だけが々を揺らしていた。
伊藤桜は決して無実のではなかった。
坂本を騙した。
と偽装婚し、財産を奪う計画をてた。
さらにさえ利用し、別の男と逃げようとしていた。
その欲望が、くのを傷つけた。
坂本竜もまた、自分のとを使い、桜を支配しようとした。
別れを拒み、で鳴り、追い詰めた。
鈴次郎は50万円を受け取り、な事実を隠した。
警察はの容疑者へい込み、別の能性を分に追わなかった。
そして健は。
騙す側にいたはずなのに、自分が騙されているとった瞬、りに任せて桜を突きばした。
その度のの。
助けを呼ぶこともできた。
自首することもできた。
真実を話すこともできた。
しかし彼が選んだのは嘘だった。
1つの嘘を守るため、次の嘘をつく。
目撃者へを渡す。
警察を欺く。
坂本へ疑いが向くのを黙って見ている。
広告
会社を辞める。
故郷へ戻る。
成功した実業になる。
寄付をする。
域で信頼を得る。
表面だけ見れば、は過を完全に消すことに成功したように見えた。
だが真実そのものは消えていなかった。
へ落ちた1台のビデオカメラ。
それを拾った鈴の恐怖。
使われないまま残された古い基局記録。
庫に保管された命保険証券。
15の50万円。
1つ1つはさな断片だった。
い、誰にも繋げられなかった。
それでも断片は残り続けた。
そして2024。
鈴次郎のをきっかけに、すべてが1本の線になった。
元刑事の本輔は、事件解決に1で桜の墓を訪れた。
には古い事件ファイルがあった。
墓に座り、しばらく何も言わなかった。
やがてファイルをそっと置く。
「15もかかったな」
声が震えた。
「すまなかった」
しが吹いた。
本は桜の写真を取りした。
事件当のもの。
笑っている。
まだ、自分が15もアルプスのに眠ることになるとはらない顔だった。
「犯、見つかったぞ」
本はさく笑った。
「俺じゃない刑事が見つけたけどな」
それでも、肩から何かがりた気がした。
坂本竜はそのも療養病院で暮らした。
以ほど桜の名を繰り返すことはなくなった。
ただ々、識がはっきりしたには窓のを見ながら呟いた。
「桜」
介護士が振り向く。
広告
「はい?」
「俺が……もっと普通に別れてやればよかった」
それ以は話さない。
15というは、誰にとってもすぎた。
桜の母にとっては娘を待った15。
坂本にとっては殺しと呼ばれた15。
本にとっては解けなかった事件を背負った15。
鈴にとっては50万円とビデオカメラに怯え続けた15。
にとっては、自分の罪が見つからないことを確認しながら築いた15だった。
そして、その全てを終わらせたのは。
価な証拠でも。
完璧な目撃者でもなかった。
クローゼットの奥。
古びた登リュックの。
何ものビニール袋に包まれた、さなビデオカメラだった。
のアルプスには、今もたいが吹いている。
登客たちはづいたを見げながら歩いていく。
15に鳴が消えたにも、朝になればが差す。
々は何も語らない。
も誰かを裁かない。
ただ、が隠そうとしたものを、いので静かに抱えている。
そしていつか。
誰かがその断片を拾う。
15のにあった伊藤桜の事件も、そうしてようやく終わった。
誰も完全な善ではなかった。
誰も完全に無関係でもなかった。
欲望。
執着。
恐怖。
沈黙。
裏切り。
それぞれの選択が積みなり、1の女性をいへ追いやり、無実の男を15犯にし、別の男に成功者の仮面を被らせ続けた。
けれど。
嘘で作ったには、どこかに必ず綻びが残る。
健にとって、それは0.5秒の映像だった。
崖の。
息を切らし。
底を見ろしていた自分自の顔。
15には誰にも見えなかったその瞬が、を越えて彼を追いかけてきた。
そして最には。
彼自のから、すべてを語らせたのだった。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
午前0時30分の空白
1991年9月、24歳の会社員・清田け子は、深夜の藤沢駅で同僚と別れたあと、公衆電話を使った。 それが、彼女の確かな足取りとして残る最後の場面だった。 誰に電話をかけたのか。 その後、誰と会ったのか。 なぜ彼女は、自宅へ帰らなかったのか。 12日後、平塚市の歩行者用地下道で、煙を上げるドラム缶が発見される。 人通りのある場所。朝になれば誰かが通る地下道。 それなのに、犯人はなぜそこを選んだのか。 周到に準備されたように見える一方で、最後の行動だけがあまりにも不可解だった。 藤沢駅の公衆電話から、平塚の地下道まで。 消えた12日間に、いったい何が起きていたのか――。ミステリー|遺體発見1.5萬字5 55 -
完結第9話
12年目の虫かご
1990年代後半の真夏の朝、山間の小さな村で、虫かごを持った5人の子供たちが山へ向かった。 雑貨店の前でラムネを飲み、「夕方までには帰る」と笑って手を振った5人。しかし、その日を境に、彼らは二度と家へ戻らなかった。 山で迷ったのか、川へ流されたのか、それとも誰かに連れ去られたのか。村中が必死に捜索する中、誰よりも熱心に動いていたのは、消えた少年の叔父だった。 だが、1人の刑事だけは小さな違和感を捨てられずにいた。 山へ向かっていない足跡。新しく打たれたコンクリート。そこに残された、腕時計の一部らしき小さな金属片。 それでも証拠は足りず、事件は長い年月の中へ沈んでいく。 そして11年後。古い床下から見つかった5つの虫かごと、止まったままの子供用腕時計。 あの夏、子供たちは本当はどこへ向かっていたのか。 村が信じ続けた“優しい叔父”の姿が崩れた時、12年間閉ざされていた真実がようやく姿を現す。ミステリー|行方不明1.3萬字5 698 -
完結第7話
300億を捨てた相場師
1999年秋、長野県桑原市。 300億円の資産を築いた株長者・梶常明が、自宅から忽然と姿を消した。財布も通帳も印鑑も、車も携帯電話もすべて家に残されたまま。争った跡も、身代金の要求もなく、彼はまるで何も持たず夜の中へ歩いていったかのようだった。 警察は誘拐、自殺、失踪の可能性を探るが、決定的な手がかりは見つからない。ただ一つ、刑事・矢島の心に引っかかったのは、失踪直前に常明が昔暮らしていた古い県営団地を訪れていたという証言だった。 それから6年後。 定年を控えた矢島のもとに、常明の義母・千鶴から一本の電話が入る。余命を宣告された彼女は、死ぬ前にどうしても伝えたいことがあると言った。 常明には、家族にも明かさなかった過去があった。 300億円を手にした男が、なぜ何も持たずに消えたのか。 彼が最後に戻ろうとした場所はどこだったのか。 古い団地の一室に残された手紙が、6年間眠っていた失踪の理由を静かに明かしていく。ミステリー|行方不明9.8千字5 495 -
完結第9話
水底に沈めた嘘
1997年11月、長野県安曇野の貯水池へ釣りに出かけた木村俊助は、そのまま姿を消した。 現場にはトラックと釣り竿、そして一度も手をつけられていない弁当箱だけが残されていた。水門の左、3本目の柳の木の下。そこに竿は立てられていたのに、俊助本人の姿だけがどこにもなかった。 妻・文江は「夫が帰ってこない」と夜になって警察へ通報する。警察は事故や失踪の可能性を調べたが、決定的な証拠は見つからず、事件は長い時間の中へ沈んでいった。 しかし、見過ごされた違和感は残っていた。 遅すぎた通報。消えた夫に払い続けられたポケットベル料金。再生されなかった23件の音声。失踪からわずか3日後の保険会社への問い合わせ。そして、夫の口座から流れていた謎の金。 7年後、貯水池の浚渫工事が始まった時、泥の底から黒い包みが引き上げられる。 水面に浮かび上がったのは、1人の男の行方だけではなかった。 妻が長年隠し続けた計画と、沈めたはずの嘘だった――。ミステリー|行方不明1.3萬字5 388 -
完結第10話
熱海失踪、2時12分のポケベル
1993年秋、就職活動に疲れた26歳の佐藤美緒は、姉夫婦に誘われて熱海温泉へ向かった。 久しぶりに笑顔を見せた美緒。温泉に浸かり、居酒屋で姉と笑い合ったその夜までは、ただの家族旅行に見えていた。 しかし翌朝、美緒の部屋は空だった。財布も身分証も荷物も残されたまま、開け放たれた窓と、消えたスリッパだけが残されていた。 警察は当初、就職活動に悩んだ末の失踪と見なした。姉の由香は必死に妹を探し続け、夫の健二もまた、誰よりも献身的に支える“理想の義兄”として周囲から信頼されていく。 だが6年後、眠っていた捜査ファイルが再び開かれる。 偽名で泊まっていた男、深夜2時12分のポケベル、そして健二が語らなかった20分間の空白。 完璧に見えた義兄の優しさは、本当に家族への愛だったのか。 熱海の夜に隠された嘘が、6年越しの再捜査で静かに崩れ始める――。ミステリー|行方不明1.5萬字5 2470 -
完結第8話
10年目のボイラー室
1992年秋、長野県木曽川沿いの古い旅館に、名古屋から1人の旅行客・山田誠が訪れた。 紅葉を見て、川沿いを歩き、週明けには会社へ戻るはずだった、ごく普通の一人旅。だが翌日、山田は荷物を部屋に残したまま姿を消してしまう。 川にも山にも痕跡はなく、旅館の関係者たちの証言もどこか食い違っていた。従業員の曖昧な目撃談、正午頃に聞こえた男2人の声、そして午後4時にかかってきた正体不明の電話。 真相が分からないまま、事件は10年の沈黙に包まれる。 そして2002年、廃業した旅館の解体工事中、1階奥のボイラー室で不自然に塗り直された床が見つかる。 そこには、誰かが長い年月封じ込めてきたものが眠っていた――。ミステリー|行方不明1.2萬字5 401