みかん小説
本棚

"喪服の離婚届" 第9話

照代が何より執着し、派な柄を演じる台としてきた古い

私が毎うようにを磨き、で雑巾を絞っていた所。

それが、彼ら自の嘘と見栄の代償として、に渡ることになった。

誠治は実にも現れた。

インターホン越しに泣きながら訴えたという。

「由佳に会わせてください。俺のから謝りたいんです」

兄はけなかった。

「妹はもうここにはいない。君に会うもない。これ以騒ぐなら、警察へ通報する」

誠治はその座をしたが、やがて幽霊のようにった。

どれほど謝られても、私がを差し伸べることはない。

10の苦しみは、つで消えるものではなかった。

私はしい部へ移った。

駅かられた、古くてさな賃貸マンションだった。

けれど、玄関の鍵を回し、空っぽの部を踏み入れた瞬、胸が軽くなった。

誰の顔もうかがわなくていい。

誰の許も得ず、自分の好きなに、自分の好きなことができる。

私は段ボール箱から、結婚に買ったお気に入りのティーカップを取りした。

照代に「派で贅沢だ」と嫌を言われ、では度も使えなかったものだ。

さなキッチンで湯を沸かし、茶をいれる。

ベルガモットのりが、何もない部いっぱいに広がった。

広告

窓際に座り、温かい茶をむ。

誰にも文句を言われず、自分の好きなカップを使う。

そんな当たり常が、涙がるほどしかった。

季節がへ移る頃、婚は正式に成した。

慰謝料と財産分与の支払いも終わった。

誠治と照代がんでいたは売却され、ほどなく取り壊された。にはしい建物の基礎事が始まったと聞いた。

私が10を磨き続けた所は、跡形もなく消えた。

慰謝料が振り込まれた通帳を確認したとき、胸に浮かんだのは勝利のびではなかった。

ただ、静かな堵だった。

これで、彼らとの呪縛のようなつながりは、すべて断ち切られた。

私は自宅かられたクリニックで、医療事務の仕事を始めた。

覚えることはく、毎が慌ただしかった。それでも職には温かい笑い声があり、失敗しても鳴られることはなかった。

「最初は誰だって違えるわ。次から気をつければ丈夫」

「由佳さんはいつも丁寧だから、みんな助かっているのよ」

誰かから正当に認めてもらうことが、これほどを満たすとはらなかった。

には、さなケーキで自分のためにショートケーキをつ買った。

誰かに慮して、いものを選ぶ必はない。

好きなケーキを選び、好きな茶と緒にわう。

そんなさなびが、枯れていたしずつ潤いを戻してくれた。

広告

兄から、誠治たちのそのを聞いた。

は隣町の古い造アパートで暮らしているという。

を売却したで会社への賠償の半は支払ったが、まだ負債が残っていた。

誠治は雇いの作業員として働いていた。

かつて級なスーツを着て周囲を見していた男は、にまみれながら々の活費を稼いでいる。

為による懲戒解雇の事実は、再就職のを狭めていた。

照代も清掃の仕事を始めたものの、周囲と衝突を繰り返し、続きしなかった。

親戚たちは、を失ったとると、次々にれていった。

派な柄も、優秀な息子も、すべてはと見栄でつながった砂のだった。

その話を聞いても、同びも湧かなかった。

彼らが自分で選んだが、そこへつながっただけのことだった。

私のに、はもう関係がない。

の穏やかな休、私は父の墓参りへ向かった。

境内のきな桜は満を迎え、淡いびらがっていた。

を丁寧に洗い、父が好きだったを供えた。

をつけ、目を閉じてわせる。

「お父さん。私、ようやく自分ので歩き始めました」

が吹き、線の煙が空へまっすぐ昇っていく。

「お父さんが守ってくれた会社は、お兄ちゃんがしっかり引き継いでいます。私も、お父さんが教えてくれたように、自分で選んだから逃げずにきていきます」

父は、誠治の傲さに気づいていたのかもしれない。

それでも、娘が自分で真実に向きい、自分の力でがるを待っていてくれたのだろう。

気づくまでに10というがかかった。

けれど、遅すぎたとはわない。

私は今、自分のっている。

目を閉じると、父の声が聞こえた気がした。

――おは、おを自由に、胸を張ってきなさい。

私は目をけ、澄み切った青空を見げた。

10い鎖につながれ、自分の価値を見失っていた。

けれど、私が戦ったのは、誠治や照代を打ち負かすためではない。

失っていた自分の尊厳を取り戻すためだった。

寺のると、るいり注いでいた。

、体を覆っていたいコートは、もう必なかった。

誰の許もいらない。

誰の顔もうかがわなくていい。

目のには、私だけのしいが続いている。

私は度も振り返らず、確かな取りで、その先へ歩き始めた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: