"消えた花嫁の名札" 第2話
「それは普段あまりつけないんです。結婚式のにつけると言っていました」
2つ目は、洗面台だった。
洗面台のにはコンタクトレンズケースが置かれていた。のレンズは洗浄液に浸かっており、その隣には黒縁の鏡まで並んでいた。
「妹さんの力はどのくらいですか」
「両目ともマイナス6です」
織はすぐに答えた。
加茂はケースと鏡を見つめた。
「夜に、レンズも鏡もせずにかけたということになりますね」
「私がいないにかけたのですから、そこまでは……」
織の声は崩れなかった。
3つ目は台所だった。
流し台には、洗って伏せられた器が2分あった。茶碗、箸、湯呑み。乾ききってはいない。誰かが夜、2で事をしたのようにも見えた。
「昨の夕は、2で緒にべましたか」
「いいえ。それは昨の夕の器です」
加茂は帳をき、3つの項目をき移した。
いスニーカー。
コンタクトレンズと鏡。
2分の器。
だが、この点で取れる対策はくなかった。遺体はない。血痕もない。確な事件現もない。結婚を控えた女性が、自分ので姿を消した能性も完全には否定できない。
「妹さんがお戻りになるか、ご連絡が取れ次第、すぐにこちらへおらせください」
加茂が玄関へ向かうと、織は背からさく言った。
「美緒が無事で戻ってきてくれたら、嬉しいのですが」
広告
その言い回しは、どこか奇妙だった。
妹が戻ってくることを願うの言葉でありながら、まるで、もう戻ってこないことをっているの調のようでもあった。
加茂は振り返らずに靴を履いた。
そしてアパートをた、階段の踊りで帳をき、くき留めた。
「言葉が先に結末をっている」
その点では、ただの違にすぎなかった。
けれどその違は、8に再び息を吹き返すことになる。
苅田美緒は、渋区の総病院で5勤めてきた児科護師だった。
柄で声が柔らかく、子どもに接するの表が穏やかだった。病棟では、「美緒先が来るは子どもたちが泣かない」と噂されるほどで、護師仲からの評判も悪くなかった。
美緒はいつもいスニーカーを履いて病院へ通っていた。よく歩く病棟勤務には、見た目よりに馴染む靴が必だったからだ。力はいで、コンタクトレンズか鏡がなければ、数メートル先の表もはっきり見えないほどだった。
そんな美緒のがきくいたのは、失踪の6ヶだった。
1998の末、姉妹は軒茶のさなタバコでスクラッチくじを10枚買った。仕事帰りにち寄っただけの、気まぐれの買い物だったという。
そのうちの1枚が、5000万円に当たった。
当の卒護師の初任の何分にもあたる額だった。
広告
宝くじ売りので当選を確認した、2は最初、声もなかったという。主が驚いて、何度も券面を確認した。
当選は姉妹名義で信用組に預け入れられた。半分ずつ分けることもすぐにした。美緒は自分の取り分である2500万円を別の定期預座に入れていた。
そのおは、結婚にわせて港区の築マンションの契約に使う予定だった。
結婚相は、美緒が勤める病院の児科医局に所属する32歳の医師だった。真面目で穏やかな男性で、病棟内でも2の結婚は祝福されていた。
「あと結婚式まで2ヶですね」
美緒は病棟の休憩で、招待状の試作品を取りしながら、同僚たちによくそう話していた。
1999の本は、いわゆる失われた10のただにあった。景気の先きは暗く、病院内でも昇や賞与の話は控えめだった。そんな代に、姉妹が5000万円を当てたという話は、病院内で静かに広まった。
表面、織と美緒は仲の良い姉妹としてられていた。元のさな聞の取材にも応じたことがある。
「2で半分ずつ分けます」
写真の織は、美緒の肩にを置いて微笑んでいた。美緒も照れくさそうに笑っていた。
しかしその笑顔のには、になってらかになるいがあった。
2が母をくしたのは、織が20歳、美緒が15歳のだった。
父のはくからく、実質に幼い妹を支え、学までませたのは女の織だった。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
霊場巡礼の嘘
1999年、長野の山間にある慈源修道院で、4人の高齢女性が相次いで姿を消した。 残されていたのは、「霊場巡礼へ出る」という書き置きと、財産をすべて修道院へ寄進するという完璧な書類。全員が独り身で、失踪届を出す家族もいなかったため、事件は深く追及されないまま闇に沈んでいく。 しかし当時、1人の配達女性だけが、夜の修道院で“見てはいけないもの”を目撃していた。 それから13年後。 良心の重さに耐えきれなくなった彼女の告白により、閉ざされた裏山の廃坑が再び開かれる。そこから現れたのは、巡礼に出たはずの老人たちの白い袋だった。 信仰を語る若き院長は、本当に仏の導き手だったのか。 そして海外へ逃げた男を日本へ呼び戻したのは、皮肉にも「母への面会」だった――。ミステリー|行方不明1.4萬字5 42 -
完結第10話
床下のミスキャンパス
1998年、名門大学の卒業式の日。 ミスキャンパスとして知られ、大手航空会社への内定も決まっていた藤堂しおりが、袴姿のまま姿を消した。通帳もパスポートも家に残され、姉の澄香は「妹は男性関係で悩んでいた」と静かに語る。 しかし、現場を見た刑事・天笠は、畳部屋の床板、夜に響いた釘の音、そして姉の供述に残る小さな矛盾を忘れられなかった。 事件は未解決のまま凍りつき、やがて15年が過ぎる。 その間、澄香は毎晩、ある畳部屋の上で眠り続けていた。 なぜ姉は、その場所を離れられなかったのか。 床下から現れた霧箱と、妹が残した一冊のノートが、15年間閉じ込められていた家族の闇を暴き始める。ミステリー|行方不明1.4萬字5 91 -
完結第9話
スズメバチ事故の遺言
1997年、長野県の山あいにある蜂蜜の町で、72歳の養蜂家・松吉が蜂場で倒れているのが見つかった。 首にはいくつもの刺し跡。そばには倒れた巣箱。長年蜂を扱ってきた男が、スズメバチに刺されて命を落とした――誰もがそう信じ、事件は不幸な事故として閉じられた。 しかし8年後、取り壊し前の作業小屋の床下から、古びた缶が見つかる。 中に入っていたのは、封のされた手紙、1本の注射器、そして「7月10日 松」とだけ書かれた謎のメモ。 父の死は本当に事故だったのか。 なぜ松吉は、防護網も薬も持たずに蜂場へ向かったのか。そして、彼の体に残されていた“蜂毒ではない反応”とは何だったのか。 閉じられたはずの夏の日が、1本の注射器によって再び動き出す。 これは、正直に生きた養蜂家と、彼の最後を知る友、そして8年後に父の本当の思いを知る娘の物語。ミステリー|遺體発見1.3萬字5 71 -
完結第7話
神戸の熊と33人の組
幼くして両親を失い、神戸へ渡った少年・田岡一雄。 貧しさと孤独の中で育った彼は、やがて港町の荒々しい世界へ足を踏み入れる。喧嘩に明け暮れ、恐れられ、「熊」と呼ばれるようになった若き田岡。その激しい気性は、何度も彼の人生を危うい道へ導いていく。 しかし、ただ腕っぷしの強い男で終わることはなかった。 山口組との出会い、仲間の死、刑務所での日々、そして支えとなる女性との結婚。激動の時代をくぐり抜ける中で、田岡は次第に「人をまとめる力」を身につけていく。 33歳で三代目山口組組長となった田岡一雄。 わずか33人の組織は、なぜ全国に名を知られる巨大組織へ変わっていったのか。若き日の怒りと孤独は、どのようにして一人の男を“親分”へと変えたのか。 これは、戦前・戦中・戦後を生き抜き、日本裏社会の歴史に名を残した男の、波乱に満ちた生涯をたどる物語。ミステリー|真相1.1萬字5 193 -
完結第6話
白い車の義兄
1996年秋、小田原で就職面接に向かった23歳の女性・糸うまゆは、そのまま帰らなかった。 面接先には到着しておらず、最後に目撃されたのは、白い車に乗り込む姿だった。家族は必死に行方を探し、兄は町中にチラシを貼り、義兄の高志もまた献身的に捜索を手伝っていた。 しかし、警察の捜査は決定的な証拠に届かないまま行き詰まっていく。 白い車、公衆電話、消えた4時間。そして、まゆが失踪前に友人へ漏らしていた義兄への不安。 それでも家族は、高志を疑うことができなかった。 7年後、高志の新しい妻が見つけた一枚の写真をきっかけに、止まっていた事件が再び動き出す。 まゆはなぜ面接へ向かわなかったのか。 そして、7年間家族のそばで悲しむふりをしていた男の本当の素顔とは――。ミステリー|行方不明9.5千字5 75 -
完結第7話
地図にない赤札の家
山奥にぽつんと建つ一軒家を訪ねる、テレビ番組の取材企画。 ディレクターの上田とカメラマンの山辺は、衛星写真に映った信越地方の山中の一軒家へ向かう。だが、近くの集落でその場所を尋ねると、住人たちは一様に顔を曇らせた。 「そこには行かない方がいい」 それでも2人は、地図にも載らない細い山道を進んでしまう。 長い山道の先に現れた古い母屋。窓の奥からこちらを見つめる無表情な男。壁一面に貼られた赤い札。そして、朽ちた畜舎の中から響き始める、無数の獣の鳴き声。 慌てて逃げ出した2人だったが、帰り道の集落には一軒の明かりも灯っていなかった。 あの家には、いったい何があったのか。 そして、窓からこちらを見ていた男は、本当に“住人”だったのか――。ミステリー1.1萬字5 110 -
完結第11話
蜂蜜先生の救命列車
10年間、国境なき医師団として世界中の命を救ってきた外科医・涼介。 しかし最愛の母を救えなかった後悔から、彼は白衣を脱ぎ、医師としての道を離れる決意をして故郷へ向かっていた。 大雨の夜、乗っていた最終列車が豪雨で緊急停止する。蒸し暑い車内に不安が広がる中、1人の女子高生が突然倒れ、意識を失ってしまう。 泣き叫ぶ母親。動揺する乗客たち。救急車もすぐには来られない状況で、涼介は静かに告げた。 「誰か、ハチミツを持っていませんか」 その一言をきっかけに、止まった列車の中で小さな奇跡が起こり始める。 過去を捨てようとしていた医師が、もう一度“救う意味”を取り戻していく、命と再生の物語。真相1.6萬字5 325 -
完結第12話
母を捨てた凍夜
1996年、兵庫県北部の山間にある小さな介護施設で、78歳の中村はる子が忽然と姿を消した。 家族のために働き続け、厳しい姑に仕え、息子の学費のために娘の人生まで犠牲にしてきたはる子。だが夫の死後、財産はすべて長男夫婦のものとなり、認知症が始まった彼女は、やがて山奥の施設へ送られる。 面会に来ない息子夫婦。滞納される施設費。寂しさの中で、はる子が待ち続けていたのは、たった一人、娘の由紀子だけだった。 そして12月15日の夜。 「娘さんが迎えに来ていますよ」 職員のその一言を信じ、はる子は真冬の闇の中へ歩き出す。 翌朝、彼女の姿は施設から消えていた。警察の捜索もむなしく、事件は未解決のまま時だけが過ぎていく。 しかし1年後、施設の古い倉庫から見つかった“白いもの”が、家族と職員たちが隠していた真実を暴き始める。 はる子は本当に自分で出て行ったのか。 そして、最後の夜に何が起きていたのか――。ミステリー|真実|行方不明|介護1.9萬字5 237 -
完結第15話
7年目の地下貯蔵庫
2004年、仙台の古い路地にあるラーメン屋で、24歳の女性アルバイト・伊藤葵が突然姿を消した。 弟の学費を支え、母のために懸命に働いていた葵。荷物も通帳も残したまま消えた彼女を、周囲は「東京へ行ったのだろう」と噂した。警察も家出として処理し、母だけが「葵はそんな子じゃない」と信じ続けた。 それから7年後。 再開発で取り壊されることになったラーメン屋の地下から、白骨化した若い女性の遺体が見つかる。そこは、長年、濃厚なスープの匂いに覆われていた店の奥深く――釜の裏に隠された地下貯蔵庫だった。 葵は本当に自分の意思で消えたのか。 あの夜、閉店後の店で何が起きたのか。 7年間、湯気と匂いの下に隠され続けた真実が、ついに動き出す。ミステリー|真相|行方不明2.2萬字5 279