"霊場巡礼の嘘" 第2話
40代の女性で、エプロンの端を両で握りしめていた。
刑事は穏やかな声で尋ねた。
「何か、おかしな点にお気づきになりませんでしたか。どんなことでも構いません」
桐は瞬、目を伏せた。唇がかすかに震えていた。
だが、すぐに首を横に振った。
「私はただ、豆腐と材を届けております。よく分かりません」
そのはわずかに震えていた。
刑事はそれを見逃さなかったが、それ以言葉を引きすことはできなかった。
警察は壁にぶつかった。
失踪届はない。
遺体もない。
犯罪を示す直接の証拠もない。
そして類は完璧だった。
老たちが自発に財産を寄し、巡礼に旅ったという修院側の主張を覆す材料がなかったのである。
2000がけても、4の老は戻らなかった。
修院は相変わらず静かで、藤堂政治はさらにくの信者を迎え入れた。そのにも、翌にも、同じような来事が繰り返されたという噂だけが残った。
しかし事件として記録されることはなかった。
ただ、奥の修院から数の老が霊巡礼へ旅ったという、曖昧な話だけがに残った。
200015。
塩尻警察署の神竜郎刑事は、勤するとデスクのに置かれたい類の束に気づいた。
表には、こう記されていた。
「慈源修院関連の被害届類似案件」
45歳の神はコーヒーをみ、類をいた。
広告
内容は簡単だった。
、慈源修院から4の老が姿を消し、いずれも直に財産を修院へ寄していたという。
神は同僚の刑事を呼んだ。
「これ、ちょっと見てくれ。匂いがする」
同僚は類に目を通し、眉を寄せた。
「1億5000万円ならない額じゃない。ってみよう」
そのの午、2は修院へ向かった。
塩尻内からで30分ほどり、狭い林を登ると、い塀の向こうに造2階建ての建物が見えた。っていたよりもしく、清潔に入れされていた。
駐には軽箱バンが1台と、型乗用が2台まっていた。
玄関をけると、く読経する声が流れてきた。ロビーの片隅では、老たちが数、掌して座っていた。
神は事務の扉を叩いた。
「失礼します」
扉がき、若い男が現れた。
は175cmほど。痩せた体に黒い角鏡。髪はきちんとに分けられ、いシャツと黒いスラックスをにつけていた。
「警察です。院先でしょうか」
男は丁寧にをげた。
「はい。藤堂政治と申します。どのようなご用件でしょうか」
神は分証を示した。
「いくつかお尋ねしたいことがあります。に入らせていただいてよろしいでしょうか」
藤堂はしだけ目をき、それから穏やかに微笑んだ。
「もちろんです。どうぞお入りください」
事務は驚くほど然としていた。
広告
机のには経典とノート1冊、話だけが置かれていた。壁には観音菩薩の掛け軸と暦、そして墨でかれた額が掛かっていた。
「お茶をおししましょうか」
「結構です。すぐに本題に入らせてもらいます」
神は帳を取りした。
「こちらにおられた田様、佐藤様、林様、様、4のことはごじですね」
藤堂はゆっくりうなずいた。
「はい。よくじております。派な方々でした」
「現はどこにいらっしゃるんですか」
「霊巡礼におちになりました」
「4で緒にですか」
「いいえ。1か隔で、お1ずつです。田信者様が9、佐藤信者様が10、林信者様が11、信者様が12です」
「連絡は取れますか」
「いいえ。霊巡礼にたれた方々は、通常ご連絡をされません。世との縁を断ち、仏とひたすら向きうためです」
神は藤堂の表を見つめた。
わずかな揺らぎもない。
「4の皆様が、財産を修院に寄されたと聞いています。違いありませんか」
「はい。自発に寄されました」
「自発であったことを、どのように証できますか」
藤堂はすぐにちがった。
「類がございます。々お待ちください」
引きしから取りされた4冊のファイルには、財産寄同、預通帳の写し、産登記事項証、公正証がきちんと理されていた。
神は1枚ずつ類をめくった。
田子のファイルには3200万円の預証と、京区のマンション登記がある。
広告
おすすめ作品
-
完結第14話
消えた花嫁の名札
1999年、スクラッチくじで5000万円を当てた看護師姉妹。 妹の美緒は結婚を控え、幸せの絶頂にいた。だがある夜、彼女は突然姿を消す。部屋には白いスニーカー、コンタクトレンズ、結婚指輪が残されたまま。姉の詩織は落ち着いた声で失踪届を出したが、担当刑事はその態度に小さな違和感を覚える。 「本人だけが知るはずの服装」 その一言を、刑事は8年間忘れなかった。 やがて美緒は法的に“いない人”となり、当選金の行方も静かに変わっていく。 そして8年後。病院の地下倉庫から、古びたネームプレートが発見される。 そこに刻まれていた名前は――苅田美緒。 左胸に残された小さな名札が、封じられていた姉妹の秘密を再び地上へ引き戻す。ミステリー|真相2.2萬字5 38 -
完結第10話
床下のミスキャンパス
1998年、名門大学の卒業式の日。 ミスキャンパスとして知られ、大手航空会社への内定も決まっていた藤堂しおりが、袴姿のまま姿を消した。通帳もパスポートも家に残され、姉の澄香は「妹は男性関係で悩んでいた」と静かに語る。 しかし、現場を見た刑事・天笠は、畳部屋の床板、夜に響いた釘の音、そして姉の供述に残る小さな矛盾を忘れられなかった。 事件は未解決のまま凍りつき、やがて15年が過ぎる。 その間、澄香は毎晩、ある畳部屋の上で眠り続けていた。 なぜ姉は、その場所を離れられなかったのか。 床下から現れた霧箱と、妹が残した一冊のノートが、15年間閉じ込められていた家族の闇を暴き始める。ミステリー|行方不明1.4萬字5 91 -
完結第9話
スズメバチ事故の遺言
1997年、長野県の山あいにある蜂蜜の町で、72歳の養蜂家・松吉が蜂場で倒れているのが見つかった。 首にはいくつもの刺し跡。そばには倒れた巣箱。長年蜂を扱ってきた男が、スズメバチに刺されて命を落とした――誰もがそう信じ、事件は不幸な事故として閉じられた。 しかし8年後、取り壊し前の作業小屋の床下から、古びた缶が見つかる。 中に入っていたのは、封のされた手紙、1本の注射器、そして「7月10日 松」とだけ書かれた謎のメモ。 父の死は本当に事故だったのか。 なぜ松吉は、防護網も薬も持たずに蜂場へ向かったのか。そして、彼の体に残されていた“蜂毒ではない反応”とは何だったのか。 閉じられたはずの夏の日が、1本の注射器によって再び動き出す。 これは、正直に生きた養蜂家と、彼の最後を知る友、そして8年後に父の本当の思いを知る娘の物語。ミステリー|遺體発見1.3萬字5 71 -
完結第7話
神戸の熊と33人の組
幼くして両親を失い、神戸へ渡った少年・田岡一雄。 貧しさと孤独の中で育った彼は、やがて港町の荒々しい世界へ足を踏み入れる。喧嘩に明け暮れ、恐れられ、「熊」と呼ばれるようになった若き田岡。その激しい気性は、何度も彼の人生を危うい道へ導いていく。 しかし、ただ腕っぷしの強い男で終わることはなかった。 山口組との出会い、仲間の死、刑務所での日々、そして支えとなる女性との結婚。激動の時代をくぐり抜ける中で、田岡は次第に「人をまとめる力」を身につけていく。 33歳で三代目山口組組長となった田岡一雄。 わずか33人の組織は、なぜ全国に名を知られる巨大組織へ変わっていったのか。若き日の怒りと孤独は、どのようにして一人の男を“親分”へと変えたのか。 これは、戦前・戦中・戦後を生き抜き、日本裏社会の歴史に名を残した男の、波乱に満ちた生涯をたどる物語。ミステリー|真相1.1萬字5 193 -
完結第6話
白い車の義兄
1996年秋、小田原で就職面接に向かった23歳の女性・糸うまゆは、そのまま帰らなかった。 面接先には到着しておらず、最後に目撃されたのは、白い車に乗り込む姿だった。家族は必死に行方を探し、兄は町中にチラシを貼り、義兄の高志もまた献身的に捜索を手伝っていた。 しかし、警察の捜査は決定的な証拠に届かないまま行き詰まっていく。 白い車、公衆電話、消えた4時間。そして、まゆが失踪前に友人へ漏らしていた義兄への不安。 それでも家族は、高志を疑うことができなかった。 7年後、高志の新しい妻が見つけた一枚の写真をきっかけに、止まっていた事件が再び動き出す。 まゆはなぜ面接へ向かわなかったのか。 そして、7年間家族のそばで悲しむふりをしていた男の本当の素顔とは――。ミステリー|行方不明9.5千字5 75 -
完結第7話
地図にない赤札の家
山奥にぽつんと建つ一軒家を訪ねる、テレビ番組の取材企画。 ディレクターの上田とカメラマンの山辺は、衛星写真に映った信越地方の山中の一軒家へ向かう。だが、近くの集落でその場所を尋ねると、住人たちは一様に顔を曇らせた。 「そこには行かない方がいい」 それでも2人は、地図にも載らない細い山道を進んでしまう。 長い山道の先に現れた古い母屋。窓の奥からこちらを見つめる無表情な男。壁一面に貼られた赤い札。そして、朽ちた畜舎の中から響き始める、無数の獣の鳴き声。 慌てて逃げ出した2人だったが、帰り道の集落には一軒の明かりも灯っていなかった。 あの家には、いったい何があったのか。 そして、窓からこちらを見ていた男は、本当に“住人”だったのか――。ミステリー1.1萬字5 110 -
完結第12話
母を捨てた凍夜
1996年、兵庫県北部の山間にある小さな介護施設で、78歳の中村はる子が忽然と姿を消した。 家族のために働き続け、厳しい姑に仕え、息子の学費のために娘の人生まで犠牲にしてきたはる子。だが夫の死後、財産はすべて長男夫婦のものとなり、認知症が始まった彼女は、やがて山奥の施設へ送られる。 面会に来ない息子夫婦。滞納される施設費。寂しさの中で、はる子が待ち続けていたのは、たった一人、娘の由紀子だけだった。 そして12月15日の夜。 「娘さんが迎えに来ていますよ」 職員のその一言を信じ、はる子は真冬の闇の中へ歩き出す。 翌朝、彼女の姿は施設から消えていた。警察の捜索もむなしく、事件は未解決のまま時だけが過ぎていく。 しかし1年後、施設の古い倉庫から見つかった“白いもの”が、家族と職員たちが隠していた真実を暴き始める。 はる子は本当に自分で出て行ったのか。 そして、最後の夜に何が起きていたのか――。ミステリー|真実|行方不明|介護1.9萬字5 237