"母を捨てた凍夜" 第6話
それでも、はる子は歩いた。
由紀子が待っている。
そう信じていた。
どれくらい歩いただろうか。
はる子は古い建物を見つけた。
廃のような、使われていない倉庫だった。窓ガラスは割れ、扉は半分壊れていた。が吹くたびに、古いがきしむ音がした。
はる子はもう歩けなかった。
体が震えていた。寒さで指の覚がなくなり、息をするのも苦しくなっていた。
「由紀子……」
はる子はもう度、娘の名を呼んだ。
そして、倉庫のへ入った。
しでもを避けたかったのだ。
には古い畳が敷かれていた。はる子はそのに座り込み、膝を抱えた。
「寒いねえ」
誰にともなく呟いた。
目のには何もなかった。
暗だけが広がっていた。
はる子は、だんだん識がくなっていくのをじた。寒さが体を包み込み、痛みすられていく。
そので、昔の景が浮かんだ。
貧しかった実。
紡績の音。
い着物を着た結婚の。
姑に叱られながら台所にった々。
武志を抱いた夜。
由紀子のさな。
「母さんはね、あなたたちが元気でいてくれれば、それでいいのよ」
かつて自分が言った言葉が、くで聞こえた気がした。
最に浮かんだのは、由紀子の笑顔だった。
「由紀子、幸せにね」
それが、はる子の最の言葉だった。
翌朝午7、吹荘では朝の点呼がわれていた。
職員が各部を回り、入所者の無事を確認する。
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はる子の部に入った職員は、布団が空になっているのを見て驚いた。
「はる子さん?」
返事はない。
「はる子さん!」
職員は慌てて施設を探した。
堂、トイレ、浴、庭。
どこにもいない。
の職員も加わり、施設内は騒然となった。
午8、吉田施設に報告が入った。
吉田は瞬だけ顔を変えた。
「すぐに周辺を探せ。警察にも連絡しろ」
職員たちは施設の周りを探した。
しかし、はる子は見つからなかった。
午9、警察に通報された。
兵庫県警の元警察署から、本刑事が派遣された。51歳、経験豊富なベテラン刑事だった。
「いつからいなくなったんですか?」
本が尋ねると、吉田は汗を拭きながら答えた。
「昨夜9の点呼では部にいました。今朝、いなくなっていることに気づきました」
「夜の職員は?」
「佐藤恵子が担当していました」
本は恵子を呼んだ。
恵子は青ざめた顔で現れた。が震えていた。
「昨夜、何か変わったことはありましたか?」
本の質問に、恵子は首を横に振った。
「いえ……何も」
恵子は嘘をついた。
本はその様子を見て、何か隠しているとじた。だが、この点ではそれ以追及しなかった。
警察は規模な捜索を始した。
元の消防団、ボランティア、警察官たちがの、川沿い、町の、神社の周辺を探した。はる子の写真が町に貼られた。
しかし、はる子は見つからなかった。
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1週が過ぎた。
2週が過ぎた。
のは危険だった。積もり始めたが跡を消し、たいが捜索隊の体力を奪った。
やがて捜索は縮されていった。
本刑事は、族に連絡した。
武志と幸子は警察署に呼ばれた。
「お母様の件ですが、現も方のままです」
本の言葉に、武志は頷いた。
幸子は無表だった。
「捜索は続けていただけるんですか?」
武志が聞いた。
本は申し訳なさそうに答えた。
「できる限りのことはします。ただ、がかりがまったくなくて」
幸子はちがった。
「分かりました。じゃあ、何か展があったら連絡ください」
その声には、しみも配もじられなかった。
本は、この族にい違を覚えた。
19976。
事件は未解決のまま、世からしずつ忘れられていった。
はる子が消えてから半が過ぎた。警察の捜索は縮され、やがて正式に打ち切られた。未解決事件として、ファイルは棚の奥へ移されようとしていた。
しかし、1だけこの事件を忘れられないがいた。
本刑事である。
30く刑事を続けてきた彼は、この事件に何か割り切れないものをじていた。
認症を患う78歳の女性が、真の夜に1で施設をる。
それ自体は、あり得ない話ではない。
しかし、何かがおかしかった。
はる子の部に争った跡はない。
玄関の鍵は夜に管理されている。
施設はのにあり、にるには職員の目を避けなければならない。
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