"残高4800円の老後" 第1話
退職2200万円。
通帳にその数字が並んだ、宮田哲夫は自分の老について、ほとんどを抱いていなかった。
ところが8、その通帳の残は4800円になっていた。
投資詐欺に遭ったわけではない。
ギャンブルにのめり込んだわけでもない。
派な浪費をした覚えもない。
38、毎朝ネクタイを締め、満員に乗り、会社へ通い続けた。司にをげ、部の面倒を見て、族のために働いてきた。どこにでもいる、ごく普通の会社員だった。
哲夫は、自分を堅実な男だとっていた。
「退職は使わなければ減らない」
「リスクを取らないことが老の鉄則だ」
「普通に暮らしていれば、なんとかなる」
それは、世でよく聞く、正しそうな常識だった。
だがその“普通”が、哲夫の2200万円をしずつ削っていった。
毎、平均にすると約22万9000円。
自分では贅沢をしていないつもりのまま、退職は静かに、確実に消えていった。本が本当の危に気づいた、通帳には4800円しか残っていなかった。
その夜、哲夫は台所のさな灯りだけをつけ、卓に座っていた。
目のには通帳がかれている。
残欄の数字を見ても、最初はがうまくに入ってこなかった。
4800円。
何度見ても、数字は変わらない。
蔵庫のい音が、やけにきく聞こえた。流し台には洗い物が残っている。妻のせつ子がいた頃なら、そののうちに片づいていたものだった。
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哲夫は子にく腰を沈めた。
どうしてこうなったのか。
どこで違えたのか。
目を閉じると、8の退職のが、まるで昨のことのように浮かんできた。
その、哲夫は63歳だった。
38勤めた会社を定退職するだった。
会議には、同僚たちが集まっていた。机のには束と記品が置かれ、壁際では若い社員が目を赤くしていた。
「宮田さん、38、本当にお疲れ様でした」
総務の女性が涙をこらえながらをげた。
「宮田さんがいなくなると、総務のき甲斐がなくなります」
哲夫は照れくさそうに笑った。
「おいおい、泣くなよ。俺がいなくても回るように、ちゃんと引き継いだだろ」
周囲から笑いが起きた。
そのにいる誰もが、哲夫のい会社員をねぎらっていた。哲夫自も、胸の奥に誇らしさをじていた。
自分はやり切った。
族を養い、会社に尽くし、無事に定まで勤めげた。
そうっていた。
その帰り、哲夫はを運転し、妻のせつ子は助席に座っていた。夕方のはし混んでいたが、哲夫の気分は悪くなかった。
「いやあ、終わったな。38」
信号待ちで、哲夫はハンドルを軽く叩いた。
せつ子は横で静かに微笑んだ。
「お疲れ様。かったわね」
「退職、振り込まれてたぞ。2200万円」
その言葉を聞いた、せつ子のが、膝ののバッグに触れた。
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バッグのには、つけ続けている計簿ノートが入っていた。
「ねえ、あなた。そのおのこと、今週に度ちゃんと……」
言いかけたせつ子の言葉を、哲夫は軽く遮った。
「せつ子、今くらいはい話なしにしよう。38だぞ。寿司でもいにこう。あの駅の」
「あの駅のって……15000円はするところでしょう」
「たまにはいいだろう。退職のだぞ」
せつ子はし黙ったあと、無理に笑顔を作った。
「そうね」
その、彼女の胸にさながあった。
けれど哲夫は、そのに気づかなかった。
退職は2200万円。
は13万円。
その数字だけを見れば、なんとかなるようにえた。
けれど、そののさなすれ違いこそが、に残4800円へ向かう最初の歩だった。
退職したの夜、哲夫は同期の藤原と居酒の個で向かいっていた。
2は同じに会社を辞めた。
テーブルには刺、焼き鳥、揚げ物、本酒の徳利が並んでいた。哲夫はまだ退職の揚のにいて、声もしきかった。
「藤原、お疲れさん。同じに辞めるってのも、なんか慨いな」
藤原は穏やかにうなずいた。
「お疲れ。お、退職はもう座に入ったか」
「入ってた。2200万円」
「同じだな」
藤原はそう言うと、ポケットからさなメモ帳を取りした。
哲夫は眉をげた。
「なんだ、それ」
「うちは昨、嫁さんと3かけて振り分けたんだ」
「3? 何にそんなにかかるんだよ」
藤原はメモ帳をいた。
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