"消えた退院前夜" 第12話
裁判が尋ねた。
「あなたも自分の罪を認めますか」
本さんはくをげた。
「はい。私も罪を償います」
本さんにはに、懲役2、執猶予3の判決が言い渡されることになった。
最終弁論で、黒田職員は初めてちがった。
「田子さん、そしてご族の皆様……」
声は震えていた。
「本当に申し訳ございませんでした。私の勝なで、何の罪もない方の命を奪いました。どんな罰を受けても許されないことだと分かっています」
誠さんはじっと黒田職員を見つめていた。恵子さんは涙を流していた。久志さんは拳を握りしめていた。
320、判決が言い渡された。
「被告を懲役12に処する」
裁判の声が法廷に響いた。
黒田職員はそのに崩れ落ちた。
裁判は続けた。
「被告は自己の利益のために罪のない被害者の命を奪った。さらに遺体を遺棄し、期隠蔽した。遺族の苦しみは計りれない。ただし、当初から確な殺があったとは認められず、反省の態度も見られる。よってこの刑を科す」
判決は確定した。
子さんの葬儀は、田のくにあるさな寺で静かにわれた。
親戚や友たちが集まった。祭壇には、子さんの笑顔の写真が飾られていた。優しく、穏やかな笑顔だった。
誠さんはその写真をじっと見つめた。
「子、い待たせてしまったな」
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さく呟いた。
「でも、もう丈夫だ。ゆっくり休んでくれ」
僧侶の読経が静かに響いた。
参列者は1ずつ焼した。恵子さんは母の写真に向かって言った。
「お母さん、ありがとう。私、頑張るね」
久志さんは唇を震わせた。
「母さん、ごめん。守れなくて」
葬儀が終わり、々は静かに帰っていった。
田には、また静寂が訪れた。
しかし今度の静寂は、以とは違った。
子さんが帰ってきた。
そうじられる、温かい静寂だった。
リビングには、子さんの位牌が置かれた。
誠さんは毎朝、そのでをわせた。
「おはよう、子」
それが誠さんのしい課になった。
以のように、勤に台所から子さんの声が聞こえることはない。弁当箱を包む音も、噌汁の湯気も、もう戻らない。それでも誠さんは毎朝、写真のの妻に話しかけた。
「今はし寒いよ」
「恵子が面接にった」
「久志が久しぶりに笑った」
返事はなかった。けれど、話しかけることで、誠さんはどうにか々をつないでいた。
季節は巡った。
1992は1993になり、1994になった。
田の々は、しずつを向いて歩き始めた。
恵子さんは内定をもらった会社で真面目に働いた。母に見せたかったスーツを着て、初勤のには写真のでをげた。
「お母さん、ってきます」
職では何度もつまずいた。母に相談したい夜もあった。
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けれど、そのたびに恵子さんは母の言葉をいした。
「あなたなら丈夫」
その声が、記憶のでいつも背を押してくれた。
1995、27歳になった恵子さんは、同僚の男性と結婚した。
結婚式の、恵子さんは母の写真をさな布に包み、式へ持っていった。控で無垢姿のまま写真を取りし、そっと膝のに置いた。
「お母さん、見ててね」
その声は震えていたが、表は穏やかだった。
久志さんも学を卒業し、元の企業に就職した。母を失った、しばらくは無気力になったこともあった。しかし、姉や父を支えたいといういが、彼をしずつへませた。
仕事では真面目さを評価され、1998には係に昇した。
「母さんがいたら、きっとんでくれただろうな」
昇のらせを仏壇に報告しながら、久志さんはさく笑った。
誠さんは定まで会社に勤めげた。2003、60歳で退職したは、で静かに過ごした。庭の入れをしたり、本を読んだり、散歩にかけたりした。
そして毎、子さんの位牌に話しかけた。
「今はいい気だったよ」
「恵子が孫を連れてきたよ」
「久志も元気にやっているよ」
2008、誠さんは73歳になっていた。
恵子さんには2の子どもがまれ、久志さんも結婚していた。田にはしずつ笑い声が戻っていた。
ある、誠さんは孫たちを連れて子さんの墓参りにった。
墓には「田子」と刻まれていた。誠さんは墓にをかけ、丁寧にを供えた。