"録音機が暴いた義実家" 第5話
「ああ、着いたよ。ナナ、よく眠れたか?」 私が努めてるい声をすと、助席の弓もハッとしたように顔をげ、いつもの穏やかな母親の顔を瞬に取り戻した。 「ナナちゃん、おに着いたから起きようね。晩御飯、何がべたい?」
弓はナナのを優しく撫でながら、微笑みかけている。その笑顔の裏に隠された絶望のさをうと、私の胸はナイフで抉られるように激しく痛んだ。
のに入ると、弓はすぐに荷物を置き、エプロンをつけて台所に向かおうとした。 「弓、今は疲れているだろうから、でも頼もうか。俺が今から配するよ」 私がろから声をかけると、弓はし驚いたように丸い目をさらに丸くし、それから申し訳なさそうに首を振った。 「ううん、丈夫よ。蔵庫にお肉があるから、すぐに簡単な炒め物を作るわ。たかし君も運転、疲れたでしょう。ソファに座って休んでいて」
そう言って台所につ弓の背は、やはりどこかさく、痛々しく見えた。私は無理に彼女のを引っ張って引き止めることができず、喉の奥から声を絞りした。 「ありがとう……じゃあ、しだけ仕事の資料を理してくるよ」
そう告げて、私は2階にある自分の斎へとに向かった。部に入るとドアを閉め、内側からカチリと鍵をかけた。
部のは、が痛くなるほど静まり返っていた。
広告
1階の台所から聞こえてくる、包丁がまな板を叩くトントンというかすかな音が、今夜は妙にくじられた。
デスクの子にく腰をろすと、私は震えるをポケットに差し込み、あのさな黒い録音を取りした。たいその械は、まるでパンドラの箱のように、机のに置かれているだけで気な圧迫を放っている。
私は机の引きしからイヤホンを取りし、ジャックにしっかりと差し込んだ。イヤホンを両にはめると、界の音が完全に遮断され、自分のドク、ドクという臓の鼓だけが、異様なほどきくので響き始めた。
私は両で顔を覆い、く、く呼吸をひとつした。これから聴く音声が、私のこれまでのの提をすべて覆すかもしれない。それでも、私は聴かなければならない。する妻の、本当の苦しみをるために。
覚悟を決め、私は再ボタンをカチッと押し込んだ。 『ガチャ、バタン――』
最初に聞こえてきたのは、私が実の玄関ドアを閉め、ホームセンターへと向かったの自分の音だった。ザッ、ザッという音が次第にざかり、やがて完全に消えた。そして、10秒ほどの苦しい静寂が流れた、その直のことだった。
イヤホンの奥から私の鼓膜を突き刺したのは、あのいつも笑顔を絶やさない、優しい母親のものではない、まるで別のき物のようにく、ねっとりとした、底の悪い女の声だった。
広告
「ふう……やっとかけてくれたわね。本当に、うちの息子は気が利かないんだから」
イヤホンの奥から響いたその声は、違いなく母の浩子の声だった。しかし、その声は私が38聞いてきた温かな母親のものとは、完全に別物だった。汚いゴミでもに吐き捨てているような、ねっとりとした響き。私は瞬、自分のを疑った。聞き違いではないか、何かの冗談ではないか。
しかし、続いて聞こえてきた妹の美穂の声が、私の淡い期待を無惨に打ち砕いた。 「本当よね。お兄ちゃんもが良すぎるのよ。こんな気の利かない女を、よく妻にしてるわよね」 で笑うような、を馬鹿にした美穂のたい声。その直、ガチャン! と器がシンクに乱暴に投げ込まれるようなきな音が響いた。 「あ、お義母さん、私が洗いますから……!」 「触らないでちょうだい!」
弓の控えめな声を遮るように、母の鋭い叱声がんだ。 「あんたが洗うと、油汚れが残るのよ! 先も言ったわよね? 育ちが悪いから、こんな簡単な事すらまともにできないのね。本当に、親の顔が見てみたいわ」
イヤホン越しに、弓がく息をむ気配が伝わってきた。私の臓が、ドクンと嫌な音をててねがった。
親の顔が見てみたい――それは、幼い頃に両親をくし、涯孤独で育った弓にとって、どれほど残酷で、どれほどくを抉る言葉だろうか。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
飲んではいけないお茶
72歳の柏木佐知子は、息子夫婦が温泉旅行へ出かけた日、8歳の孫・匠を預かることになった。 匠は重度の自閉症とされ、生まれてから一度も言葉を話したことがない。佐知子も、ずっとそう信じていた。 しかし、嫁のゆかりが用意していったハーブティーを口にしようとした瞬間、沈黙していたはずの孫が突然、はっきりと声を発した。 「おばあちゃん、そのお茶、飲んじゃだめ」 さらに匠は、信じがたい真実を告げる。 母親であるゆかりは、佐知子の財産を狙い、密かに毒を盛ろうとしていた。そして匠は8年間、ある理由で“話せない子”を演じさせられていたのだった。 砕けた湯呑み、銀色の箱、偽造された診断書、そして15年前の夫の死。 すべての点がつながった時、佐知子は悟る。 これは単なる殺人未遂ではない。 柏木家を長年蝕んできた、恐るべき計画の始まりにすぎなかった――。人生逆転|嫁姑|親不孝1.7萬字5 40 -
完結第10話
最後に座った妻
35年間、夫に尽くしてきた道子。 朝は誰よりも早く起き、食事を作り、家を整え、夫の言葉を笑って受け流す。定年後、家にいる時間が増えた夫・勝則は、そんな妻に何気なく言い続けていた。 「お前は一日中暇でいいな」 怒鳴られるわけではない。暴力を振るわれるわけでもない。けれど、笑いながら投げられる言葉は、道子の心を少しずつ削っていった。 ある日、娘の一言をきっかけに、道子は自分が長年耐えてきた痛みに初めて気づく。そして、押し入れの奥から古いノートを取り出し、静かに準備を始めた。 いつも通りの朝、いつも通りの食卓。 しかしその翌日、夫が目を覚ますと、妻はもう家にいなかった。 残されていたのは、結婚指輪と、たった3行の手紙だけ。 35年間、妻が当たり前のように支えていた日常を失った夫は、初めて“何もできない自分”と向き合うことになる――。因果応報|夫婦1.5萬字5 18 -
完結第5話
旅行中の夫に告げなかった葬儀
夫・優斗と義母が海外旅行を楽しんでいる最中、義父が突然倒れた。 私は何度も夫に電話をかけ、必死に伝えようとした。 「お義父さんが――」 けれど夫は話を最後まで聞かず、怒鳴りつけた。 「うるさい。旅行の邪魔をするな」 隣では義母まで、私を責めるように言い放つ。 「せっかくの旅行に水を差すなんて、本当に嫌な嫁ね」 そのまま電話は切られ、連絡は完全に遮断された。 義父は帰らぬ人となり、葬儀は義姉と私で進めることになる。 そして一週間後、何も知らずに帰国した夫と義母は、いつものように私へ命令した。 「洗濯しろ。夕飯を作れ」 だが、彼らが旅行を満喫している間に、すでに葬儀は終わっていた。 さらに義父の遺言には、夫と義母が想像もしなかった内容が記されていた。 話を聞こうとしなかった人間が、最後に何を失うのか。 その日、私は夫との人生にも静かに終止符を打つ――。人生逆転|嫁姑|真相6.9千字5 7 -
完結第5話
登記簿に残った妻の名前
35年連れ添った夫・秀一の定年の日。 妻の和子は、長年働いてきた夫を労うため、温かい食卓を用意して待っていた。ところが帰宅した秀一の口から出たのは、感謝の言葉ではなかった。 「家を買った。美咲と新しく始める」 退職金で愛人との新居を用意し、妊娠した美咲を守るために離婚届まで差し出す夫。さらに秀一は、和子の知らないところで共有口座から金を引き出し、しずく町の平屋を“新生活の家”として扱っていた。 愛人・美咲は当然のようにその家へ入り、「赤ちゃん部屋は南側がいい」と語り始める。 しかし、和子は泣き崩れなかった。 娘のゆかとともに書類を確認した時、すべてを覆す一枚の登記簿が見つかる。 そこに記されていた所有者の名前は、秀一でも美咲でもなかった。 夫が奪えると思っていた新居。 愛人が夢見た赤ちゃん部屋。 そして、35年間軽んじられてきた妻の本当の反撃。 登記簿に残された名前が、裏切った2人の未来を静かに崩していく――。夫婦7.1千字5 0 -
完結第10話
レモングラスの下の悪臭
誰から見ても完璧な夫だった裕二。 母親思いで、穏やかで、仕事もできる。認知症気味の義母・佳江の介護もすべて自分で引き受け、妻のさやかには「君は疲れているから」と優しく微笑む。さやかは、そんな夫を心から信じていた。 けれどある夜、義母の体から異様な悪臭が漂い始める。 薬の匂いだと説明する夫。きれいに整えられた義母の部屋。レモングラスの香りで隠された、どこか生臭く不自然な匂い。そして義母の腕に残された無数の痣。 「飲ませないで」 義母がかすれた声で告げた一言をきっかけに、さやかは夫の介護に隠された恐ろしい真実へ近づいていく。 病院へ運ばれた義母を診た医師は、さやかに静かに告げた。 「今すぐ、ご主人を通報してください」 完璧な夫の仮面の下に隠されていたものとは何だったのか。 そして、さやか自身にも迫っていた次の罠とは――。嫁姑|介護1.4萬字5 99 -
完結第6話
録音機が暴いた息子の本音
息子の家から帰ってきた夜、夫の茂は書斎に閉じこもり、声を押し殺して泣いていた。 これまでどんな苦労にも涙を見せなかった頑固な夫。そんな彼が、嫁からの電話に怯え、息子の家へ行くことさえ拒むようになる。 妻の花子は、夫が何を隠しているのか確かめるため、こっそり夫の上着に小さな録音機を仕掛けた。 そして録音されていたのは、嫁の冷たい言葉、息子の残酷な本音、そして夫が必死に守ってきた誇りが壊れていく音だった。 「老人臭が残るから、もう来ないでほしい」 「パパが俺の人生を潰したんだ」 息子のためにすべてを捧げてきた夫婦が、最後に聞かされた言葉。 その夜、花子は決意する。 親としての役目は、もう終わったのだと。 夫婦は住み慣れた家を売り、電話線を抜き、誰にも告げず遠い町へ向かう。そこから始まったのは、失った人生を取り戻すための静かな再出発だった――。因果応報|夫婦|親子関係9.0千字5 99 -
完結第6話
桜を連れて消えた妻
「男の子を産んでほしい」 娘・桜を命がけで出産した私に、義母は何度もそう言い続けた。医師から次の妊娠は命に関わると告げられても、夫は私を守ってくれなかった。 女の子である桜は、いつも“足りない存在”のように扱われ、私は笑顔の裏に隠された言葉で少しずつ追い詰められていく。 やがて夫は、外に別の女性を作った。 そしてある夜、彼は私に告げる。 「その人に子供ができた。男の子だ。離婚してほしい」 私は黙って離婚届に名前を書き、3分後、娘と一緒に家を出た。 翌日、夫と義母は新しい命の検診へ向かう。待ち望んだ“男の子”のはずだった。 しかし診察室で医師が告げた一言に、夫家族は凍りつくことになる――。夫婦|親子関係9.1千字5 267 -
完結第8話
用済みと言われた妻
結婚25周年の朝、58歳の芳恵は夫から突然、離婚届を突きつけられた。 「お前はもう用済みだ。出て行ってくれ」 25年間、家事も仕事もこなし、夫と家族のために尽くしてきた芳恵。だが夫は、30歳の若い女性との新生活を夢見て、彼女を無一文で追い出そうとしていた。 泣き叫ぶと思われていた芳恵は、静かに頷く。 「わかりました」 しかし夫は知らなかった。 芳恵が3年前から、すべてを見抜いて準備を進めていたことを。 翌日、家から家具も家電も消えた。光熱費も止まり、弁護士からの通知が届く。 そして1ヶ月後、夫の着信履歴には400件を超える悲鳴が残されていた――。因果応報|夫婦|第二の人生|熟年離婚1.1萬字5 652 -
完結第6話
骨壷に眠る花嫁
結婚式の2日前、山田晴恵は突然姿を消した。 婚約者との口論、消えた財布、荒らされた形跡のない部屋。警察は彼女を「結婚を恐れて逃げた花嫁」と判断し、事件は自発的失踪として処理された。 家族は世間の冷たい視線に耐え、婚約者は“残された新郎”として同情を集めたまま、時間だけが過ぎていく。 しかし6年後、群馬県の国道18号線沿いで排水設備の交換工事中、コンクリート製の雨水桝から異様な包みが見つかる。 中にあったのは、人間の頭部。 歯科記録の照合により、それは6年前に消えた晴恵のものだと判明した。 彼女は逃げたのではなかった。 では、誰が彼女を殺し、なぜ道路脇のコンクリートの中に隠したのか。 “逃亡した花嫁”という嘘が崩れた時、婚約者が守り続けた6年間の沈黙が、静かにほころび始める――。ミステリー|夫婦|真実|真相9.1千字5 334 -
完結第8話
四十九日、電話を切った妻
義母が急変した夜、私は海外出張中の夫に必死で電話をかけた。 けれど返ってきたのは、信じられないほど冷たい一言だった。 「お前とは1秒も話したくない。二度と仕事の邪魔をするな」 私は「わかった」とだけ答え、その日から49日間、夫に一切連絡しなかった。 義母の最期、葬儀、親族への連絡、すべてを私ひとりで終わらせた。 そして四十九日。ようやく帰国した夫は、何も知らないまま親族の前に現れ、私を責め始める。 だが、その場には義母が最後に残した“ある証拠”があった。因果応報|嫁姑|夫婦|介護1.3萬字5 760