"たった五万円と言われた夜" 第1話
簾をくぐった瞬、酢飯と鮮な魚のりが、田かよの胸をほんのし温めた。
今は孫の玲奈が塾の模試で過最の成績を取ったお祝いだった。暮らしのかよにとって、級寿司の予約は決して軽い費ではない。それでも、息子夫婦と孫がんでくれるなら、それだけで分だとっていた。
カウンターの奥では将が丁寧なつきで握りを並べている。艶やかなネタが照を受けてり、玲奈は目を輝かせていた。
「お母さん、こっち詰めると窮屈だから、そっちの端に座ってください」
そう言ったのは、息子の嫁、美咲だった。
さりげない調だった。けれど、無を言わせない響きがあった。
「ええ、いいのよ」
かよは笑って答えた。
案内されたのはカウンターの角。族の輪から、ほんのしだけれた所だった。いつからか、そこが彼女の定位置になっていた。
「おばあちゃん、見て。ウニだよ」
玲奈が無邪気に声を弾ませた。
その声だけが、かよのえかけたをしだけ温める。
「本当に美しそうね」
かよは微笑み、玲奈のを優しく撫でた。
だが、その会話はすぐに消えた。
「将、次はトロと、子供向けに玉子を追加で」
「あなた、私は肌がべたいわ」
息子の賢と美咲は、注文にだった。かよの言葉を拾おうともしない。まるでそこに彼女がいないかのようだった。
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「この茶碗蒸し、このおの名物なんですって」
かよが勇気をして話しかける。
返ってきたのは、
「ああ、はい」
という気のない返事だけだった。
線は誰もこちらへ向かない。
それでも、かよは笑っていた。
今は祝いのだ。
玲奈がんでくれれば、それでいい。
そう自分に言い聞かせながら、かよは胸の奥がしずつ擦り減っていくのをじていた。
やがて事が終わり、将が丁寧に会計を差しした。
「お会計、万千百円でございます」
かよは待っていたようにハンドバッグをけた。茶の財布から札を取りす。暮らしにはい額だった。けれど、こののためにしずつ貯めてきた。
族のために何かをしてあげられる。
そのさなびが、いかよを支えてきた。
支払いを済ませた、そのだった。
美咲が賢に顔をづけ、声を潜めた。
しかし、その言葉ははっきりとかよのに届いた。
「たった万で恩着せがましい顔する気なのかな」
箸を持つが止まった。
酢飯のりも、湯気のつお吸い物も、急にい世界のもののようにじられた。
賢は悪びれもせず、くすりと笑った。
「まあ、母さんが払いたいんだろ。ありがとって言っとけばいいんだよ」
ありがとって言っとけばいい。
その言葉だけが、壊れたレコードのように、かよのので何度も響いた。
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「おばあちゃん、今は本当にありがとう」
玲奈が純粋な瞳で言ってくれた。
かよはかろうじて微笑んだ。
だが次の瞬、美咲が玲奈の腕を軽くつねり、
「はいはい、ちゃんとお礼言っときなさいよ」
と囁くのが見えた。
ああ、そうか。
この謝の言葉さえ、私のためではない。
親の教育を見せるための具だったのだ。
その瞬、かよのでしずつ積みなっていた何かが、静かに折れた。
帰り、族の楽しげな会話が夜に響いていた。
「今のお寿司、本当に美しかったね」
「うん。またきたい」
「今度も回らないお寿司がいいな」
玲奈のるい声に、美咲と賢が笑う。
けれど、その会話のに、かよの名は度もてこなかった。
誰も振り返らない。
誰も老いたかよの歩幅にわせようとしない。
同じ根ので暮らしているはずなのに、帰りでさえ、かよは空気だった。
に着くと、玄関の照だけが々しくるかった。
かよが靴を脱ぐもなく、リビングから玲奈と賢たちの笑い声が聞こえてくる。
かよは、族の靴が脱ぎ散らかされているのを見て、いつものように腰をかがめた。
息子の革靴。
美咲のパンプス。
玲奈のスニーカー。
それらを揃えようと指先を伸ばした、リビングから美咲の声がんできた。
「お母さん、それ触らなくていいです。
こっちでやりますから」
言葉の端に鳴り声はない。
だが、そこにあるのは拒絶だった。
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