"娘と消えた三分後" 第6話
先はしばらくして、静かに械を止めた。
「今はここまでにしましょう」
その言葉で、やっとがきした。
健はちがり、何か言おうとして、結局何も言えなかった。
義母は子の縁をく握り、顔をげられなかった。
女性はお腹にを当てたまま、誰とも目をわせなかった。
3は、ばらばらのまま診察をた。
廊のが、やけに眩しく見えた。
へた途端、義母が女性に向かって言った。
「どういうことなの?」
その声は、これまで聞いたことのないい音だった。
女性はさく首を振った。
そして、ほとんど聞き取れないほどさな声で言った。
「ごめんなさい」
それだけだった。
その言で、すべてが決まった。
義母はそのでよろめき、壁にをついた。
信じていたものが、気に崩れた顔だった。
健は女性を見た。
その目には、りより先に理解が浮かんでいた。
自分は最初から選ばれていなかった。
都のいい相だった。
その事実が、ゆっくり胸に落ちていった。
健は何も言わず、そのをれた。
誰も引き止めなかった。
病院をると、空はよくれていた。
昨と同じように何も変わっていない空だった。けれど、健のではすべてが変わっていた。
に乗り込み、ハンドルを握ったまま、しばらくけなかった。
彼はいしていた。
広告
桜がまれた、あのさなを見たのみ。
そして、あの夜のこと。
病院の廊で医者に言われた言葉。
「奥さんの体はもう限界です。次は命の危険があります」
その言葉を聞いた、自分は何をったのか。
妻が助かったことをんだのか。
それとも、2目が難しいと聞いて落ち込んだのか。
はっきりとはいせなかった。
ただ、その、に帰ってから義母の言葉に何も返さなかったことだけは、はっきり覚えていた。
止めることも、守ることもしなかった。
ただ黙っていた。
その結果が、今ここにあった。
健はゆっくり目を閉じた。
そして初めて気づいた。
自分は何も失っていないとい込んでいただけで、本当は1番切なものを、すでに放していたのだと。
その頃、くれたさな町で、私は桜と2で暮らしていた。
借りたは古かったけれど、窓からがよく入った。
朝になると、鳥の声で目が覚めた。
桜はその音を聞いて、嬉しそうに笑った。
「ママ、綺麗な声だね」
私は頷いた。
「そうだね」
その言葉に、もう誰の顔も伺う必はなかった。
台所は狭く、調理台も古かった。
それでも私は、その所が好きだった。
自分のために料理をして、娘と緒にべる。
それだけで、が静かに満たされた。
仕事はくはなかったが、なんとか2で暮らしていけた。
きな贅沢はできない。
広告
でも、誰にも何も求められない。
それがどれほど楽なのかを、私は初めてった。
あるの午、桜は庭で遊んでいた。
さなを見つけて、こちらへ駆け寄ってきた。
「これ、ママにあげる」
私はしゃがんで、そのを受け取った。
「ありがとう」
その言だけで、胸がいっぱいになった。
その、ふと線をじた。
顔をげると、しれたの向こうに1の男がっていた。
見違えるはずがなかった。
健だった。
よりずっと痩せて、どこか疲れた顔をしていた。けれど、その目はまっすぐこちらを見ていた。
私は何も言わなかった。
ただ1秒だけ見つめて、すぐに線をした。
桜が私のを引っ張った。
「ママ、あの誰?」
私はほんのしだけ考えるふりをした。
そして、静かに答えた。
「らないよ」
その言葉は、とても軽く、とてもはっきりしていた。
健はそのから1歩もかなかった。
づくことも、呼び止めることもしなかった。
ただ、私たちの姿を見つめたまま、くち尽くしていた。
やがて、桜の笑い声がに乗って広がった。
その音は、まっすぐ空へがっていった。
健はその声を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。
そして何も持たないまま、静かにそのをった。
私は振り返らなかった。
もう、振り返る理由がどこにもなかったからだ。
それでも胸の奥に残っていたさが、しだけ軽くなった気がした。
が吹いて、庭のがさく揺れた。
桜が笑って、私のを握った。
私はそのを握り返して、同じように笑った。
それだけで、もう分だった。
これが、私たちの選んだ暮らしだった。
そしてようやくに入れた、静かな幸せだった。
広告
おすすめ作品
-
完結第7話
母は沖縄へ消えた
65歳の桜井久子は、夫に先立たれてから、息子夫婦と孫のために人生を捧げてきた。 大学費用、結婚資金、マイホームの頭金、毎月の生活援助。元銀行員として働き続けて貯めたお金も、時間も、すべて息子家族の幸せのために使ってきた。 ところがある朝、息子・拓也は冷たい声で告げる。 「義両親と同居することになったから、母さんには出て行ってほしい」 しかも、久子を追い出した後も、毎月の援助だけは続けてほしいと言う息子夫婦。嫁の両親を迎えるため、久子の部屋まで勝手に決められていた。 その瞬間、久子の中で何かが静かに切れる。 38年間の銀行員生活で培った知識と人脈を使い、彼女は誰にも気づかれないまま準備を始めた。口座の解約、保険の受取人変更、重要書類の移動、そして新しい住まいの契約。 引っ越し当日、息子夫婦が最後に求めたのは、やはり金だった。 しかし久子が差し出した一枚の書類を見た瞬間、2人の顔色は一変する。 母を追い出せば、都合よく支配できると思っていた息子夫婦。 だが1週間後、沖縄の青い海を背景に現れた久子の姿を見て、彼らはようやく自分たちが何を失ったのかを知る――。行方不明1.0萬字5 0 -
完結第4話
リンゴ畑の骨
1987年、青森県津軽地方のりんご農園で、若い嫁・高橋じ子が突然姿を消した。 荷物も持たず、実家にも戻らず、まるで最初から存在しなかったかのように消えた彼女。村人たちは「嫁いびりに耐えられず逃げたのだろう」と噂し、警察も家出として処理しようとする。 しかし、兄の哲也だけは妹の失踪を信じなかった。 失踪前、じ子から届いていた一通の手紙。そこには「最近とても辛いの。もっと恐ろしいことが起きた時に必ず話すね」と書かれていた。 やがて捜査が進むにつれ、村人たちがひた隠しにする一人の男の存在が浮かび上がる。 村の区長・渡辺茂夫。 表向きは頼れる長老。だが、彼の名前が出た瞬間、村人たちは一斉に口を閉ざした。 そして12年後、りんご畑の土の下から見つかった人骨と、小さな金のイヤリング。 残された日記、消えた証拠、夜中に畑で揺れていた小さな光。 長く沈黙していた村の闇が、赤く実るりんごの木の下から、ついに掘り起こされる――。行方不明6.4千字5 0 -
完結第17話
壁の中の妻
2006年、長野県松本市で主婦・田中洋子が忽然と姿を消した。 最後に確認されたのは、夫との夜9時の電話。財布も荷物も家に残され、外へ出た形跡もない。夫の健一は東京勤務を辞め、妻がいつか帰ってくると信じて、10年間その家で待ち続けた。 しかし2016年、家のリフォーム工事中、作業員がリビングの壁に奇妙な違和感を覚える。 他の壁よりも厚い、二重構造の壁。 壊されたその奥から出てきたのは、白骨化した人骨と、古びた財布だった。 遺骨の身元は、10年前に失踪した洋子本人。つまり彼女は、夫が毎日座っていたリビングのすぐそばで、ずっと眠っていたことになる。 誰が、なぜ、彼女を壁の中に隠したのか。 捜査線上に浮かんだのは、夫を10年間支え続けた“親切な友人”だった。 妻を探し続けた夫。 善人の仮面をかぶった男。 そして、死の直前に残された一冊の日記。 10年もの間、壁の向こうに封じられていた真実が、ついに崩れ落ちる――。行方不明2.6萬字5 0 -
完結第6話
十七年目の「ただいま」
1974年12月、雪に覆われた金沢で、11歳の少女・水島静香が学校帰りに姿を消した。 川の近くで見つかったのは、泥に濡れた通学カバンだけ。 そこには、母へ向けて書きかけた一文が残されていた。 「お母さん、今日、私、お母さんに一つ言うことがあるの」 三週間後、川岸で少女と似た小さな遺体が発見される。 周囲は静香だと決めつけたが、母・柿江だけは首を横に振った。 「この子は、うちの静香ではありません」 しかし誰も母の言葉を信じなかった。 夫にも町にも「現実を受け入れられない母」と見なされ、柿江はやがて家を追われるように孤独な年月を過ごすことになる。 それでも彼女は、毎年娘へ手紙を書き続けた。 静香はきっと生きている。 その確信だけを胸に抱いて。 そして17年後、柿江のもとへ一通の手紙が届く。 そこに書かれていたのは、誰よりも忘れられなかった娘の文字だった。 「お母さん。私は幽霊じゃないよ」 雪の日に止まった母の時間が、沈黙を破るその一文から再び動き出す――。真実|真相|行方不明8.8千字5 0 -
完結第7話
消えた子役の日記帳
昭和60年、京都郊外の人気時代劇撮影所で、7歳の子役・中村翔太が突然姿を消した。 撮影直前、「トイレに行ってくるね」と母の手を離れた翔太。だが数分後、トイレ前に残されていたのは、片方だけの白いズック靴だった。大勢のスタッフや俳優がいる撮影所の中で、子どもは煙のように消えた。 母・道子は息子の名を叫び続けたが、翔太は見つからない。現場では人気監督の黒木が誰よりも熱心に捜索を指揮し、世間からは“子役を思う温かい監督”として称賛された。 しかし、撮影所の片隅では、いくつもの小さな違和感が残されていた。 倉庫の方へ向かう黒木監督の姿。子どもの泣き声を聞いた新人照明係。夜中に土のついた作業着とスコップを隠す監督を見た警備員。 けれど証言は消され、関係者は口を閉ざし、事件は単なる失踪として扱われていく。 それから15年後。 亡き母の遺品整理中に見つかった、翔太の小さな絵日記帳。最後のページには、7歳の子どもが震える手で残した“ある一文”が書かれていた。 その日記帳が、15年間コンクリートの下に埋められていた真実を、ついに世の中へ引きずり出す――。ミステリー|行方不明10.0千字5 0 -
完結第6話
千船の祝い膳
孫のお食い初めの日、千代乃は夫が選んでくれた古い着物を着て、高級ホテルの宴会場へ向かった。 手には、孫のために用意した祝い箸と、長年大切にしてきた白い布巾。 ただ一緒に節目を祝いたかっただけだった。 しかし扉の向こうで、嫁・絵里奈は冷たく言い放つ。 「その古い着物で入らないで。写真に残るから」 扉は閉ざされ、千代乃は祝いの席から締め出される。 息子の真司も中にいたが、母のために扉を開けることはなかった。 廊下で立ち尽くす千代乃の袋から、古びた布巾が床へ落ちる。 そこに刺繍されていたのは、彼女が料理人として生きていた頃の名――「千船」。 その布巾を拾った総料理長は、顔色を変え、千代乃の足元に膝をついた。 「千船先生……なぜ先生が、扉の外に」 実は千代乃は、祝い膳の世界で多くの料理人を育てた伝説の料理人だった。 見た目だけで母を笑った嫁たちは、その瞬間、自分たちがどれほど大切な人を粗末に扱ったのかを思い知る――。因果応報|人生逆転|祖父母と孫8.4千字5 0 -
完結第4話
40人前の逆襲
年末の親族会。 佐々木はるみは、四十人もの親族が見守る前で、息子夫婦から突然「出て行ってくれ」と告げられる。 長年、息子の事業資金、孫の学費、マイホーム購入費まで支えてきたはるみ。だが嫁の真奈美は、偽造された診断書や金銭トラブルの書類を並べ、はるみを“迷惑な母親”に仕立て上げていた。 親族たちの冷たい視線。 息子の非情な言葉。 追い詰められたはるみは、泣き崩れることなく静かに立ち上がる。 「わかりました。では、お望み通りに出て行きます」 誰もが、彼女が全てを失ったと思っていた。 しかし三日後、息子夫婦のもとに弁護士から一通の通知が届く。そこに記されていたのは、家の名義、過去の援助金、そして二人が隠していた嘘をすべて覆す決定的な事実だった。 親族四十人の前で追放された母が、静かに取り戻したものとは――。行方不明6.5千字5 0 -
完結第5話
崖下で眠っていた三年
1992年、群馬県の山奥にあるペンションで、2組の夫婦が夏休みを過ごしていた。 台風の豪雨が山道を塞ぎ、外界から切り離された夜。 酒を飲み、笑い合い、何事もなく眠ったはずの4人だったが、翌朝、妻・ユミと友人の夫・ケンジだけが姿を消していた。 残された夫・たかしと、ケンジの妻・稽古。 部屋には争った跡もなく、財布や荷物の一部も消えていたことから、警察は2人が不倫関係の末に駆け落ちした可能性を疑う。 世間の噂に傷つきながら、残された2人は“裏切られた被害者”として3年間を過ごした。 しかし1995年、ペンションから4キロ離れた崖の下で、錆びついた車が発見される。 車内には白骨化した2人の遺体。 さらにギアはニュートラル、エンジンは切られ、頭蓋骨には鈍器で殴られた痕跡が残っていた。 逃避行ではなかった。 2人は、あの台風の夜に殺されていた。 豪雨がすべてを隠したペンションで、本当は何が起きていたのか――。遺體発見|行方不明7.9千字5 0 -
完結第7話
奥日光の白い菊
1995年秋、東京の女子大学に通う4人の女子大生が、紅葉を見るため奥日光へ向かった。 中禅寺湖で笑い合い、民宿で一夜を過ごし、翌朝「竜頭ノ滝へ行く」と言って出発した4人。だがその後、彼女たちは誰一人として戻らなかった。 駐車場に残された車。岩の隙間に落ちていた片方のスニーカー。そして使い捨てカメラの最後の写真に写り込んでいた、ぼやけた男の影。 警察は捜索を続けるが、4人の行方も、写真に写った男の正体も分からないまま、事件は迷宮入りしていく。 しかし4年後、渓谷に白い菊を供えた一人の女性が、警察署を訪れる。 彼女は言った。 「私は、あの日失踪した4人のうちの1人です」 紅葉の山で何が起きたのか。 なぜ彼女だけが生き残ったのか。 そして、彼女たちの背後にいた男は何者だったのか。 30年経っても消えない、奥日光の渓谷に残された沈黙の真実。ミステリー|真相|行方不明1.0萬字5 0