"42人が消えた渚" 第1話
1990、鳥取の静かな町から、あるの42のクラス全員が忽然と姿を消した。世が「神隠し」と呼んで騒ぎしたそのから、方となった1息子・勇気を持つ母親、さち子のは完全に止まったままだ。
それから27という、あまりにもすぎる歳が流れた。さち子ので、かつての激しいしみは、徐々に々の活に溶け込み、静かな諦めへと形を変えようとしていた。あのを迎えるまでは。
すべての始まりは、静まり返ったのに響いた、たった1つの物音だった。
梅入りのじっとりと湿ったが、鳥取にある古い造の自宅の隙をそっと撫でていく午。さち子はいつものように、27もの、あのからが止まったままにされている勇気の部に佇んでいた。壁には褪せた当のポスターが貼られ、机のには彼が読んでいた読みかけの漫画がそのまま置かれている。何もかもが、あの忌まわしい1990のののまま、保されていた。
部に漂うのは、いが作りした埃の匂いと、に焼けた畳の独特なり。しかし、さち子がく息を吸い込むと、それに混じって、とうに消えてしまったはずの息子・勇気の匂いがかすかにするような気がしてならなかった。さち子は々こうして、主のいない部の窓をけて空気を入れ替えながら、息子の微かな気配を無識に探してしまうのだった。
広告
窓から入るぬるいが、いレースのカーテンを静かに揺らすだけで、部はしんと静まり返っている。
失踪直は、ただに突っ伏して泣き崩れる々だった。それがいつしか、なぜ誰も見つけてくれないのかというりに震える々に変わり、そして27が経った今は、ただ凪いだ面のような静かなしみだけが、さち子の常を支配していた。それでも、いつ息子がひょっこり帰ってきてもいいように、この部だけはいつも綺麗に掃除しておきたかったのだ。
さち子はふと線を落とし、机の脇にてかけてあった、分い卒業アルバムを久しぶりにに取った。表に積もった僅かなチリを払うようにで撫でると、指先にざらりとした布装丁の触が伝わってくる。彼女はそっとページをき、目のページを繰り寄せた。そこには、方になったクラス全員で撮った、最の集写真があった。
42のたちが、まだ見ぬるい未来だけを信じていた頃の、眩しいばかりの笑顔。その写真の央で、し照れくさそうにカメラを見つめて笑っているのが、が子・勇気だった。この優しい笑顔を見たのが、あの最になってしまった。
さち子は震える指先で、そっと写真のの勇気の顔に触れてみた。たいの質の向こう側に、あの頃確かに触れていた息子の体温がじわりと蘇るような錯覚に陥り、彼女はたまらずそっと目を閉じた。
広告
(どうか……どうか世界のどこかできていて……)
声にならない祈りが、乾いた唇から漏れた、そのだった。
「きしり……」
2階の勇気の部から続く、誰もいないはずの廊から、古い板が軋むような音がはっきりと静寂を破って響いた。
さち子はきく息を呑み、体を直させた。夫はとうに界している。この広い古いにいるのは、自分1だけのはずだった。空だろうかとい、を澄ませて周囲の音を拾おうとするが、聞こえてくるのはドクドクと波打つ自分の臓の音と、くの空で吉に鳴くカラスの声だけだった。
「のせいだわ。が古いから、建付けがきしんだだけ……」
さち子は自分に言い聞かせるように、さく声にした。しかし、度のにまれてしまった奇妙な疑は、さち子の胸にさなトゲのように刺さったまま、どうしても抜けなくなってしまった。
彼女は胸の悸を抑えながら、もう1度、膝ののアルバムに線を落とした。すると、さっきまで懐かしさとおしさだけで見つめていたはずの集写真が、今は全く違う、気なものに見え始めていた。
何か、決定におかしい。この写真には、自分が27ものい、すぐ目のにありながら完全に見落としてきた恐ろしい何かが映り込んでいるのではないか――そんな得体のれないい違が、元から背筋をいがってくるのを、さち子は確かにじていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第7話
母は沖縄へ消えた
65歳の桜井久子は、夫に先立たれてから、息子夫婦と孫のために人生を捧げてきた。 大学費用、結婚資金、マイホームの頭金、毎月の生活援助。元銀行員として働き続けて貯めたお金も、時間も、すべて息子家族の幸せのために使ってきた。 ところがある朝、息子・拓也は冷たい声で告げる。 「義両親と同居することになったから、母さんには出て行ってほしい」 しかも、久子を追い出した後も、毎月の援助だけは続けてほしいと言う息子夫婦。嫁の両親を迎えるため、久子の部屋まで勝手に決められていた。 その瞬間、久子の中で何かが静かに切れる。 38年間の銀行員生活で培った知識と人脈を使い、彼女は誰にも気づかれないまま準備を始めた。口座の解約、保険の受取人変更、重要書類の移動、そして新しい住まいの契約。 引っ越し当日、息子夫婦が最後に求めたのは、やはり金だった。 しかし久子が差し出した一枚の書類を見た瞬間、2人の顔色は一変する。 母を追い出せば、都合よく支配できると思っていた息子夫婦。 だが1週間後、沖縄の青い海を背景に現れた久子の姿を見て、彼らはようやく自分たちが何を失ったのかを知る――。行方不明1.0萬字5 0 -
完結第4話
リンゴ畑の骨
1987年、青森県津軽地方のりんご農園で、若い嫁・高橋じ子が突然姿を消した。 荷物も持たず、実家にも戻らず、まるで最初から存在しなかったかのように消えた彼女。村人たちは「嫁いびりに耐えられず逃げたのだろう」と噂し、警察も家出として処理しようとする。 しかし、兄の哲也だけは妹の失踪を信じなかった。 失踪前、じ子から届いていた一通の手紙。そこには「最近とても辛いの。もっと恐ろしいことが起きた時に必ず話すね」と書かれていた。 やがて捜査が進むにつれ、村人たちがひた隠しにする一人の男の存在が浮かび上がる。 村の区長・渡辺茂夫。 表向きは頼れる長老。だが、彼の名前が出た瞬間、村人たちは一斉に口を閉ざした。 そして12年後、りんご畑の土の下から見つかった人骨と、小さな金のイヤリング。 残された日記、消えた証拠、夜中に畑で揺れていた小さな光。 長く沈黙していた村の闇が、赤く実るりんごの木の下から、ついに掘り起こされる――。行方不明6.4千字5 0 -
完結第17話
壁の中の妻
2006年、長野県松本市で主婦・田中洋子が忽然と姿を消した。 最後に確認されたのは、夫との夜9時の電話。財布も荷物も家に残され、外へ出た形跡もない。夫の健一は東京勤務を辞め、妻がいつか帰ってくると信じて、10年間その家で待ち続けた。 しかし2016年、家のリフォーム工事中、作業員がリビングの壁に奇妙な違和感を覚える。 他の壁よりも厚い、二重構造の壁。 壊されたその奥から出てきたのは、白骨化した人骨と、古びた財布だった。 遺骨の身元は、10年前に失踪した洋子本人。つまり彼女は、夫が毎日座っていたリビングのすぐそばで、ずっと眠っていたことになる。 誰が、なぜ、彼女を壁の中に隠したのか。 捜査線上に浮かんだのは、夫を10年間支え続けた“親切な友人”だった。 妻を探し続けた夫。 善人の仮面をかぶった男。 そして、死の直前に残された一冊の日記。 10年もの間、壁の向こうに封じられていた真実が、ついに崩れ落ちる――。行方不明2.6萬字5 0 -
完結第6話
十七年目の「ただいま」
1974年12月、雪に覆われた金沢で、11歳の少女・水島静香が学校帰りに姿を消した。 川の近くで見つかったのは、泥に濡れた通学カバンだけ。 そこには、母へ向けて書きかけた一文が残されていた。 「お母さん、今日、私、お母さんに一つ言うことがあるの」 三週間後、川岸で少女と似た小さな遺体が発見される。 周囲は静香だと決めつけたが、母・柿江だけは首を横に振った。 「この子は、うちの静香ではありません」 しかし誰も母の言葉を信じなかった。 夫にも町にも「現実を受け入れられない母」と見なされ、柿江はやがて家を追われるように孤独な年月を過ごすことになる。 それでも彼女は、毎年娘へ手紙を書き続けた。 静香はきっと生きている。 その確信だけを胸に抱いて。 そして17年後、柿江のもとへ一通の手紙が届く。 そこに書かれていたのは、誰よりも忘れられなかった娘の文字だった。 「お母さん。私は幽霊じゃないよ」 雪の日に止まった母の時間が、沈黙を破るその一文から再び動き出す――。真実|真相|行方不明8.8千字5 0 -
完結第7話
消えた子役の日記帳
昭和60年、京都郊外の人気時代劇撮影所で、7歳の子役・中村翔太が突然姿を消した。 撮影直前、「トイレに行ってくるね」と母の手を離れた翔太。だが数分後、トイレ前に残されていたのは、片方だけの白いズック靴だった。大勢のスタッフや俳優がいる撮影所の中で、子どもは煙のように消えた。 母・道子は息子の名を叫び続けたが、翔太は見つからない。現場では人気監督の黒木が誰よりも熱心に捜索を指揮し、世間からは“子役を思う温かい監督”として称賛された。 しかし、撮影所の片隅では、いくつもの小さな違和感が残されていた。 倉庫の方へ向かう黒木監督の姿。子どもの泣き声を聞いた新人照明係。夜中に土のついた作業着とスコップを隠す監督を見た警備員。 けれど証言は消され、関係者は口を閉ざし、事件は単なる失踪として扱われていく。 それから15年後。 亡き母の遺品整理中に見つかった、翔太の小さな絵日記帳。最後のページには、7歳の子どもが震える手で残した“ある一文”が書かれていた。 その日記帳が、15年間コンクリートの下に埋められていた真実を、ついに世の中へ引きずり出す――。ミステリー|行方不明10.0千字5 0 -
完結第4話
40人前の逆襲
年末の親族会。 佐々木はるみは、四十人もの親族が見守る前で、息子夫婦から突然「出て行ってくれ」と告げられる。 長年、息子の事業資金、孫の学費、マイホーム購入費まで支えてきたはるみ。だが嫁の真奈美は、偽造された診断書や金銭トラブルの書類を並べ、はるみを“迷惑な母親”に仕立て上げていた。 親族たちの冷たい視線。 息子の非情な言葉。 追い詰められたはるみは、泣き崩れることなく静かに立ち上がる。 「わかりました。では、お望み通りに出て行きます」 誰もが、彼女が全てを失ったと思っていた。 しかし三日後、息子夫婦のもとに弁護士から一通の通知が届く。そこに記されていたのは、家の名義、過去の援助金、そして二人が隠していた嘘をすべて覆す決定的な事実だった。 親族四十人の前で追放された母が、静かに取り戻したものとは――。行方不明6.5千字5 0 -
完結第5話
崖下で眠っていた三年
1992年、群馬県の山奥にあるペンションで、2組の夫婦が夏休みを過ごしていた。 台風の豪雨が山道を塞ぎ、外界から切り離された夜。 酒を飲み、笑い合い、何事もなく眠ったはずの4人だったが、翌朝、妻・ユミと友人の夫・ケンジだけが姿を消していた。 残された夫・たかしと、ケンジの妻・稽古。 部屋には争った跡もなく、財布や荷物の一部も消えていたことから、警察は2人が不倫関係の末に駆け落ちした可能性を疑う。 世間の噂に傷つきながら、残された2人は“裏切られた被害者”として3年間を過ごした。 しかし1995年、ペンションから4キロ離れた崖の下で、錆びついた車が発見される。 車内には白骨化した2人の遺体。 さらにギアはニュートラル、エンジンは切られ、頭蓋骨には鈍器で殴られた痕跡が残っていた。 逃避行ではなかった。 2人は、あの台風の夜に殺されていた。 豪雨がすべてを隠したペンションで、本当は何が起きていたのか――。遺體発見|行方不明7.9千字5 0 -
完結第7話
奥日光の白い菊
1995年秋、東京の女子大学に通う4人の女子大生が、紅葉を見るため奥日光へ向かった。 中禅寺湖で笑い合い、民宿で一夜を過ごし、翌朝「竜頭ノ滝へ行く」と言って出発した4人。だがその後、彼女たちは誰一人として戻らなかった。 駐車場に残された車。岩の隙間に落ちていた片方のスニーカー。そして使い捨てカメラの最後の写真に写り込んでいた、ぼやけた男の影。 警察は捜索を続けるが、4人の行方も、写真に写った男の正体も分からないまま、事件は迷宮入りしていく。 しかし4年後、渓谷に白い菊を供えた一人の女性が、警察署を訪れる。 彼女は言った。 「私は、あの日失踪した4人のうちの1人です」 紅葉の山で何が起きたのか。 なぜ彼女だけが生き残ったのか。 そして、彼女たちの背後にいた男は何者だったのか。 30年経っても消えない、奥日光の渓谷に残された沈黙の真実。ミステリー|真相|行方不明1.0萬字5 0 -
完結第6話
水亀の下に消えた嫁
1993年春、東京・杉並の古い瓦屋根の家で、東京大学出身の若い嫁・斉藤さゆりが突然姿を消した。 妊娠中だった彼女のコートも財布も靴も、家には残されたまま。夫が出張から戻ると、姑のふみは静かにこう告げた。 「昨日の夜、荷物をまとめて出て行った」 だが、さゆりが家出をする理由はどこにもなかった。実家の母は「娘は絶対に自分から消えたりしない」と訴え、友人の手元には、さゆりが失踪前に残した不穏な手紙があった。 そこに書かれていたのは、妊娠をきっかけに変わっていった姑の態度、赤ん坊への異常な執着、そして「何かあったら」という言葉。 それでも決定的な証拠は見つからず、事件は長い間、失踪として処理されてしまう。 しかし13年後、杉並警察署に差出人不明の手紙が届く。 「古い水亀の下を掘ってみてください」 すでに取り壊された家の跡地。かつて庭だった場所から掘り起こされたものが、13年間隠されてきた家族の嘘を暴き出す。 嫁は本当に家を出たのか。 姑は何を守ろうとしたのか。 そして、匿名の手紙を送った人物は誰だったのか。 春の庭に埋められていたのは、遺骨だけではなかった――。行方不明8.6千字5 0 -
完結第7話
味噌かめの下に眠った七年
1997年、埼玉県川越市の高級住宅街で、不動産資産家の老人・鈴木製造が忽然と姿を消した。 家族は「認知症が悪化し、遠方の介護施設に入った」と説明し、警察も事件性は低いとして失踪処理を行った。 しかし、それから7年後。 川越税務署の職員が、ある不可解な記録に気づく。 失踪宣告を受けたはずの老人名義の固定資産税が、毎年きっちり納付されていたのだ。 しかも支払っていたのは、老人の嫁・両子。 さらに調べると、老人が失踪した後の日付で、不動産の名義変更書類に本人の実印が押されていた。 再捜査に動いた警察がたどり着いたのは、かつて鈴木家の庭に置かれていた不気味な味噌かめ。 その下から掘り起こされたものが、7年間守られてきた嫁の嘘を一瞬で崩していく。 財産、世間体、15年分の恨み。 静かな高級住宅街の塀の内側で、本当は何が起きていたのか――。行方不明|孤獨|第二の人生9.9千字5 1