"42人が消えた渚" 第8話
そしてあの、に濃いがち込め、空のが1つも見えない夜に、儀式はわれた。ここで何が起きたのか、正確なことは誰にも分からない。ただ……子供たちが全員、列になって、夜の波打ち際へ向かって静かに歩いていく姿を、くの崖のから見てしまったがいたんだ。だが、あまりの異様な景に、恐ろしくて誰も声をかけられなかった、止められなかった……。それが、この町の々が27を閉ざし続けてきた、本当の理由だ」
男はそこまで言うと、ボロボロと涙を流した。
「の神さんなんかじゃねえ……。わしらが、わしらが、あの子たちを見捨てて殺したんだ……」
さち子は壁に残された無数の型から、ゆっくりと線をした。そこに刻まれているのは、恐怖ではなく、どこまでも純粋で、切実な子供たちの祈りのように見えたからだ。
「……は、本当にいたんですか?」
さち子の震える問いに、老漁師は力なく首を横に振った。
「わからねえ。だがな……」
男は防空壕のから、崖の向こうに広がる無限の平線の彼方を見つめた。
「あの夜からだ。このの流れが、しだけ変わったのは。波打ち際へ向かう潮の流れが、確かに自然なんだ。渦を巻くようにして、同じ所へ何度も何度も戻ってくる。まるで……何か目に見えない境界を境にして、こちら側の世界と、向こう側の世界を確に分けているかのようにな……」
広告
さち子はコートのポケットのにそっとを入れ、あの枕元に残されていた1粒の砂を、指先で静かに握りしめた。あの鮮なが、決して単なるではなかった証拠。
「勇気……」
さち子の声が細かく震える。
「息子の勇気は、今もそこに……あのの向こうに、いるんでしょうか?」
漁師はしばらくの、い沈黙を守った、静かに、しかし優しく言った。
「きているとは言えねえ。だが……完全に消えたわけでもねえ、とわしはう」
その言葉は、母親に対する残酷な真実であり、同に、27目の微かな救いのようでもあった。
その夜、さち子は漁師と別れ、1だけで暗い岸に残り続けた。
空に浮かぶかりが、静かに寄せては返す波の表面を、美しいに染めげていた。防波堤のにぽつんとち、さち子はたいの空気をさく胸に吸い込んだ。
「勇気……」
彼女の声は、夜のに簡単に溶けて消えっていく。それでも、呼ばずにはいられなかった。何度も、何度も、息子の名を暗いに向かって呼びかけた。
やがて、ザー、ザーという単調な潮騒の音のに、かすかに違う音が混じり始めた。
「きしり……」
それは、あの誰もいない自宅の2階の廊で聞いた、古い板がきしむような、懐かしいあの音だった。そして、の響きに混じって、確かに聞こえた気がした。
(……母さん……)
さち子は目から粒の涙を流しながら、静かに微笑んだ。
広告
彼女はもう、に息子の姿を追いかけることはしないと決めた。もう無理に、こちらの世界へ連れ戻そうともしない。
ただ、「私は今もあなたをしている、ここにいるよ」と伝えるために、ポケットからあの議な1粒の砂を取りし、そっと元の砂浜へと落とした。
その砂の粒は、波にさらわれることなく、を浴びて淡くりながら、砂のに静かに溶けて消えていった。その瞬、目のに広がる広なの流れが、ほんの瞬だけ、奇跡のように完全に静止したかのように見えた。
翌朝、沿いの町は、いつもと何ら変わらない単調な静けさに包まれていた。だが、何かが確かに、昨までとは違っていた。
の、事件の象徴として閉ざされていた防波壕のの黄いロープは、いつのにか綺麗にされ、町の々は避けるようにしていたの方を、しずつ真っ直ぐに向くようになっていた。誰もあの事件を語らないが、決して忘れない。それが、この閉ざされた町の々にとっての、27目の静かな贖罪の始まりだったのだ。
鳥取の古い自宅に戻ったさち子は、27ものい、度もけることなく固く閉ざし続けていた息子の部の窓を、まれて初めて、両できく全にした。
初の爽やかなが部のに勢いよく吹き込み、いカーテンをきく揺らした。
机のに置かれたままの卒業アルバム。驚いたことに、あの5の子供たちの顔に浮かびがっていた、あの奇妙な黒いシミは、いつのにか綺麗に消えっていた。写真のの子供たちは、ただ純粋な、あの頃の眩しい笑顔で笑っている。
さち子はアルバムを優しく閉じ、窓のの青空を見つめながら、静かに呟いた。
「お帰り、勇気」
当然、部のに声の返事はない。だが、全にした窓のすぐくで、古い板が「きしり」と、さく優しく音をてた。
さち子にとっては、それだけで、もう分に分だった。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
ガジュマルの根が暴いた夜
2008年夏、京都郊外の古寺で、台風によって1本のガジュマルの老木が倒れた。 むき出しになった根の下から見つかったのは、大人2人と幼い女の子の人骨。そばには、色褪せたピンクのワンピースと、腐食したビジネスバッグが残されていた。 それは15年前、一夜にして姿を消した北村家3人のものだった。 当時、夫の健二は勤務先の建設会社で、不自然な金の流れに気づいていた。だが警察へ告発しようとした直後、妻と幼い娘もろとも消息を絶つ。 なぜ3人は、寺の木の下に埋められていたのか。 バッグの中に残されたフィルム、少女の服に縫われた小さな梅の花、そして15年間沈黙していた男の証言。 刑事・田中恵美が古い証拠を追うにつれ、慈善家として知られる大物会長の仮面が少しずつ崩れていく。 しかし、ガジュマルの根が暴いた真実は、まだ終わりではなかった。 北村家が消された夜、その奥には、誰も触れてはならないさらに深い闇が隠されていた――。ミステリー|行方不明1.7萬字5 11 -
完結第10話
Night072の夏
2019年7月、大阪。 16歳の高校生・瀬名ほのかは、学校を出たあと家に帰らなかった。普段なら遅くなる時は必ず連絡を入れる娘。だがその夜、何度電話をかけても、返ってくるのは留守番電話だけだった。 捜査が始まる中、親友の証言から、ほのかがSNSで知り合った謎の人物と会う約束をしていたことが分かる。 相手の名は「Night072」。 優しい言葉でほのかの悩みに寄り添い、「君を理解している」と語り続けたその人物は、本名も顔も分からないまま、巧妙に正体を隠していた。 やがて、大和川で発見された黒い袋が、事件を最悪の方向へ動かしていく。 医学知識を持つ人物。消された通信記録。空き家に残された痕跡。そして、画面の向こうで優しく語りかけていた「Night072」の本当の姿。 ほのかはなぜ狙われたのか。 そして、彼女が最後に信じた相手は、何者だったのか――。ミステリー|行方不明1.5萬字5 247 -
完結第12話
井戸に沈んだ制服
1992年10月、宮城県の山あいの村で、68歳の天野越子が突然姿を消した。 越子はその日、いつものように籠に米と果物、庭の菊を入れ、村外れの寺へ向かった。自宅から寺まではわずか600m。何百回も歩いてきた道で、迷うはずなどなかった。 しかし、越子は寺には着いていなかった。 警察犬は自宅から約100m進んだ場所で、彼女の匂いを見失う。財布も通帳も家に残されたまま、争った跡も、倒れた痕跡もない。まるで、その短い道の途中で忽然と消えたかのようだった。 そして7ヶ月後。 村の古井戸から見つかったのは、40年近く前の女子学生服に包まれた、越子のものと思われる一部の骨だった。 なぜ、寺へ向かっただけの老女が消えたのか。 なぜ、古い制服に包まれていたのか。 捜査線上に浮かんだのは、越子の若い頃を知る一人の元教師だった。 彼の家の地下室で警察が見たものは、この村が長年信じてきた“平穏”を根底から壊すものだった――。ミステリー|行方不明1.7萬字5 180 -
完結第13話
嘘を握った右手
2014年、群馬県の山間部で山わさび畑を営む田中健二が突然姿を消した。 宿舎には通帳も現金も残され、畑の給水設備は止まったまま。几帳面だった健二が、何も告げずに山を離れるはずがなかった。 数日後、農業廃棄物の下から見つかったのは、遮光幕に包まれた健二の姿。右手には、最後まで離さなかった数本の髪が握られていた。 地主の女社長、解雇された若い作業員、秘密の携帯電話、108回の通話記録。 山奥の乾燥倉庫で、あの夜いったい何が起きたのか。 嘘と欲望にまみれた不倫関係が、やがて誰にも消せない証拠を地上へ呼び戻していく――。ミステリー|行方不明1.9萬字5 164 -
完結第11話
五人目の白い靴
2003年夏、琵琶湖のほとりでキャンプをしていた伊藤一家4人が、忽然と姿を消した。 車もテントも荷物もそのまま。財布や鍵、子どもの持ち物まで残されていたのに、家族だけがどこにもいない。唯一、テントの中にあったのは、伊藤家のものではない片方だけの白い運動靴だった。 靴の内側には、消えかけた名前。さらに、長い年月を経て判明した血の痕跡。 捜査は難航し、事件は未解決のまま5年が過ぎる。だが、再鑑定によって白い靴が語り始めたのは、伊藤一家だけではない、もう一人の少女の存在だった。 なぜ、その靴は琵琶湖のテントにあったのか。 そして、5年前から誰にも届かなかった少女の名前とは――。ミステリー|行方不明1.7萬字5 200 -
完結第13話
25年目の自白状
1982年、群馬県安藤市。雑貨店を営む佐藤大吾の9歳の息子・健二が、雨で増水した川のそばで姿を消した。 現場には健二の運動靴が残され、下流では赤い帽子も見つかった。警察は川への転落事故と判断するが、大吾だけは納得できなかった。あの日、黒い車に乗せられた赤い帽子の少年を見たという証言があったからだ。 しかし捜査は進まず、妻の三重子も「私には選択肢がなかった」という謎の言葉を残してこの世を去る。 息子も妻も失った大吾は、それでも25年間、健二の部屋をそのまま残し、帰りを待ち続けた。 そして2007年、差出人不明の黄色い封筒が届く。 そこに書かれていたのは、たった一文。 「あなたの息子は、自分のものではない人生を生きました。」 25年前の川の事故、東京へ消えた黒い車、妻が抱えていた秘密。 すべてがつながった時、父は息子が奪われた本当の理由を知ることになる――。ミステリー|真相|行方不明1.9萬字5 331 -
完結第11話
湖底の白衣
1973年12月、東京で小さなクリニックを営む女医・田中恵美子が突然姿を消した。 患者から深く信頼され、無断で仕事を休むことなど一度もなかった彼女は、その日もいつも通り診察をしていた。ところが午後3時、恵美子は「急な往診に行ってきます」と看護師に告げ、水色のトヨタ・コロナに乗ってクリニックを出たまま戻らなかった。 しかし後に分かったのは、その往診依頼が存在しなかったという事実だった。 部屋に争った跡はなく、生活用品もそのまま。だが、失踪前の彼女には深夜の電話、大きな現金の引き出し、そして誰にも言えない異変があった。 事件か、失踪か、それとも別の理由があったのか。 答えのないまま21年が過ぎた1994年、神奈川県の芦ノ湖で潜水していたダイバーが、湖底に沈む古い車を発見する。 引き上げられた車は、21年前に田中恵美子が乗って消えたトヨタ・コロナだった。 だが車内に、彼女の姿はなかった。 湖底から現れた車、医学書の間に残された手紙、そして失踪直前に彼女が隠していた本当の苦しみ。 誰からも信頼された女医は、あの日なぜ東京を離れ、遠い湖へ向かったのか――。ミステリー|行方不明1.6萬字5 1325 -
完結第13話
消えた女将と800万の通帳
大阪・難波の路地裏で、安くて温かい料理を出す「3000円酒場」。 女将の中村義子は、うどん屋から店を立て直し、常連たちに愛される繁盛店を作り上げた。だがその裏で、働かない夫・武夫に売上を持ち出され、心身ともに追い詰められていた。 やがて義子は店を800万円で手放し、小さな部屋で静かに人生をやり直そうと決意する。 しかし、その金を狙っていたのは夫だけではなかった。店を買った男もまた、思うようにいかない経営に苦しみ、義子へ「金を返せ」と迫るようになる。 そして2009年9月14日。 親友の定食屋で「ありがとう」とだけ残した義子は、その日の夕方、夫と並んで歩く姿を最後に忽然と姿を消した。 夫か、それとも店を買った男か。 2人の容疑者が浮かび上がる中、真相は5年間闇に沈み続ける。 そして2014年秋。大阪から遠く離れた埼玉の荒れ地で、止まっていた時間が突然動き出す――。ミステリー|行方不明1.9萬字5 302 -
完結第13話
恩に沈む猛獣舎
2002年、兵庫県宝塚市の小さな私設動物園で、ベテラン飼育員・郡山安が忽然と姿を消した。 猛獣舎に残されていたのは、きれいに揃えられた黒い長靴と、日付だけが書かれた飼育手帳。扉は内側から施錠され、そばには長年彼が世話をしてきたベンガルトラがいた。 町ではすぐに噂が広がった。 「あの飼育員は、虎に呑み込まれたのではないか」 しかし獣医は断言する。虎は何もしていない、と。 やがて動物園は閉園し、事件は未解決のまま忘れられていった。だが19年後、跡地の造成工事中に、古い増築舎の基礎の下から身元不明の人骨が見つかる。 それは、郡山ではなかった。 では、土の下に眠っていた男は誰なのか。なぜ郡山は長靴を揃えて姿を消したのか。 一人の元巡査が、19年前に書き残した疑問を手に、動物園に沈んだもう一つの失踪事件を追い始める。ミステリー|行方不明2.0萬字5 184 -
完結第11話
北アルプスの0.5秒
2024年、東京都足立区の古いアパートで、1台のビデオカメラが見つかった。 持ち主は孤独死した60代の男。クローゼットの奥に隠されていた登山リュックの中から出てきたそのカメラには、15年前の北アルプスで撮影された映像が残されていた。 日付は2009年10月24日。 その日、資産家社長・坂本竜三の愛人だった伊藤桜は、登山中に突然姿を消した。直前に坂本と激しく口論し、森へ逃げ込んだ彼女を坂本が追いかけたため、誰もが「犯人は坂本だ」と信じていた。 しかし、遺体も物証も見つからず、事件は未解決のまま15年が過ぎる。 そして発見された映像には、誰も知らなかった桜の本当の顔が映っていた。 彼女は誰かと電話をしていた。坂本を騙し、財産を奪う計画を語りながら、さらに別の裏切りまで口にしていたのだ。 次の瞬間、カメラは激しく揺れ、悲鳴とともに崖下へ落ちていく。 最後に映ったのは、崖の上に立つ一人の男の影。 15年間、無実の男を犯人にし続けた事件の真相が、わずか0.5秒の映像から動き出す――。ミステリー|行方不明1.7萬字5 2213