みかん小説
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"天井裏の黒いバッグ" 第4話

渡辺がその記録を突きつけると、鈴は平然と答えた。

「借の催促をしただけです。京都へ来いなどとは言っていません」

通話内容は録音されていなかった。

が否定すれば、それ以確かめる方法はなかった。

20054

失踪事件は、公式に未解決事件として扱われることになった。渡辺刑事は最と会い、げた。

「申し訳ありません。最善は尽くしましたが、がかりを見つけることができませんでした」

は震える声で答えた。

「私は、これからも弟を探します」

それからもは週末ごとに京都へ通い、ビラを配った。だが確かな報は寄せられなかった。

2006、2007、2008

だけが流れた。

事件は次第に々の記憶かられていった。

20055

事件が未解決とされてから約1か、京都ので働く記者、加藤さゆりは、警察署での取材に偶然この事件をった。

3が痕跡もなく消えたこと。

京都で最に目撃された能性があること。

そして、鈴太郎との借関係。

加藤は資料を読みながら、単なる失踪ではないとじた。

まず彼女はに会った。は7かの捜索について語り、借用のコピーや通話記録も見せた。渡辺刑事も、捜査じた違を率直に語った。

加藤は京都へ向かい、鈴のホテル周辺を取材した。

隣の商主に、200410初旬に何か変わったことはなかったか尋ねて回った。

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あるコンビニ員は、その週末の夜、いセダンがホテルの駐に入るのを見た気がすると話した。

ただし、すでに7かが経っていた。確かな証言とは言えなかった。

加藤は鈴にも取材を申し込んだ。

しかし、鈴りを隠さず拒否した。

「その事件と私は切関係ありません。これ以、ホテルの営業に迷惑をかけないでください」

20056初旬。

加藤は「京都失踪ミステリー」という見しの記事を聞にきく掲載した。田の最取り、鈴との借関係、迷宮入りした捜査の経緯を詳細に報じた。

記事はきな反響を呼んだ。

テレビ局も事件を取りげ、はニュース番組で涙ながらに訴えた。

「弟の族がどこにいるのか、ごじの方はどうか連絡してください。どんな些細な報でも構いません」

放送くの報が寄せられた。

しかし、そのほとんどは確認の取れない曖昧な話だった。

それでも事件は全国られるようになった。インターネットでも議論が広がり、鈴太郎を疑う声が増えていった。方で、証拠もなく名指しするのは危険だという慎見もあった。

が続く、京都府警も再び圧力をじ始めた。捜査チームは再編され、鈴のホテルにも制捜査が入った。

しかし、何の証拠も見つからなかった。

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従業員たちは以と同じようにをそろえた。

「そんな族は見ていません」

200510

事件から1が経った。

は京都のさな教会を借り、祈りのを持った。健の友、吉の同僚、美希の代の友たちが集まった。加藤記者と渡辺刑事も参列した。

祈りのあと、は報陣のった。

「1が経ちましたが、私は諦めません。弟の族がどこにいるのか、必ず突き止めます」

その声は震えていた。

しかし、は固かった。

それからも加藤は半に1度、追跡記事をき続けた。だがしい報のない記事は、次第に々の関を引かなくなっていった。

2009には、事件を取りげる報関もほとんどなくなった。

2010初め、渡辺刑事は定退職した。

退職の、彼はに会い、げた。

「最まで弟さんを見つけられず、申し訳ありません」

は渡辺のを握った。

「刑事さんが最善を尽くしてくれたことは分かっています」

201010

事件から6が経った。

さな祈りの会には、数の親族と、そして加藤記者だけが集まった。

誰もが、あまりにもくのが流れたことをじていた。

この事件は、このまま永に未解決で終わるのかもしれない。

そうわれていた。

20113

太郎の老朽化した観ホテルで、改築事が始まった。の陽気が漂うれた午、現監督の伊藤夫は作業員たちを率いて、古い客の解体をめていた。

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