"葬儀よりハワイ" 第7話
それだけです」
代表はくをげた。
「子さんのご、切にお預かりします」
吉郎はし照れたように言った。
「俺じゃなくて、子に言ってやってください」
こうして、美が旅と買い物に浮かれているに、は静かにのに渡る準備を終えていた。
35。まだのたい昼がり。
美は久しぶりに自宅へ向かっていた。焼けした肌にサングラス、両にはブランドショップの袋。末のハワイから戻ってからも、友との会や買い物が続き、にはほとんど帰っていなかった。
タクシーが見慣れた宅に入る。
美は窓のを眺めながら、次のネイルの予約をいしていた。
タクシーがのに止まる。
美は料を払い、荷物を抱えてりた。
そして顔をげた瞬、固まった。
玄関の横に、見らぬ表札がかかっていた。
田所ではない。
らない名だった。
の横には、以はなかった赤い子ども用の自転が置かれていた。庭先には見覚えのないプランター。物干しには、らない誰かの洗濯物が揺れていた。
「何これ……」
美は慌てて鍵を取りした。
鍵穴に差し込もうとする。
入らない。
何度やっても回らない。
「嘘でしょ……」
震える指で正に話をかけた。5回目のコールで、ようやく繋がった。
「もしもし」
正の声は静かだった。
広告
「正、に来たんだけど、表札が変わってるの。鍵もかないし、らないのものが置いてあるし、体どういうこと?」
正はしばらく黙った。
やがてい声で言った。
「親父がを売った」
美はその言葉を理解できなかった。
「売った? 何を?」
「だよ。俺たちがんでたあのを、親父が売ったんだ」
「何言ってるの? あれは私たちのでしょ?」
「違う」
正の声が、はっきりと否定した。
「あのは最初から親父の名義だった。親父が自分ので買って、親父の名で登記していただ。俺たちはませてもらっていただけだったんだよ」
美は言葉を失った。
名義。
登記。
そんなことを考えたこともなかった。
「なんでそんなことになるの? お父さん、急にどうしちゃったの?」
正は静かに言った。
「おが母さんの葬式になかったからだよ」
美のがいたまま止まった。
「母さんがんだ、おはハワイにった。親父がどんないで参列者にをげたか、おに分かるか? 嫁は体調を崩しましてって、本当のことを言ったら母さんが恥をかくからって、嘘を突き通したんだ」
「だって、あれはキャンセル料が……」
「葬式でしょ、って言ったよな、お」
正の声が震えた。
「おにとって、母さんの最はキャンセル料以の価値だったってことだろう」
美は何も言えなかった。
広告
「婚届は弁護士を通じて送る。俺たちはもう終わりだ」
話は切れた。
美は、かつて自分のだとっていた所のにち尽くした。
元にはブランドの袋がいくつも置かれていた。級バッグ、アクセサリー、買ったばかりの。どれも価なものばかりだった。
けれど今の美には、帰るがなかった。
迎えに来てくれる夫もいなかった。
それから数か。
婚届は正の言葉どおり、弁護士を通じて美に送られた。美は実に戻ったが、事をった両親との関係もぎくしゃくし、居のいいものではなかったという。
正は、吉郎のに戻った。
吉郎のは広くない。2で暮らすには分だが、美とんでいた軒に比べれば質素そのものだった。それでも正は何も文句を言わなかった。
朝、正は吉郎より先に起きるようになった。
仏壇のに正座し、線にをつけ、子の遺にをわせる。何を語りかけているのか、吉郎は聞かなかった。聞く必もなかった。
それから台所にち、2分の朝ご飯を作る。
噌汁、焼き魚、ご飯。
器用なつきで作った噌汁は、正直なところ子の元にも及ばなかった。それでも吉郎は、毎朝黙ってみ干した。
ある朝、吉郎がぽつりと言った。
「正」
「うん」
「おの噌汁、ちょっとしょっぱい」
正は瞬きょとんとして、それからさく笑った。
「そうか。はもうちょっとくするよ」
「ああ、頼む」
それだけの会話だった。
しかしその朝、吉郎は久しぶりに、卓の空気が温かいとじた。
広告
おすすめ作品
-
完結第6話
68歳、レジで再会した友
5年前、幸子は友人・道代に笑われた。 「まだ働いてるんだね」 「月1万円の積み立てなんて、やってないのと同じじゃない」 年金10万円でスーパーのレジに立つ幸子と、余裕のある老後を語っていた道代。あの日の小さな笑い声は、幸子の胸にずっと残り続けていた。 それから5年後。 68歳になった幸子のレジ前に、道代が突然現れる。手にしていたのは、半額の惣菜と安い食パンだけ。かつて自信に満ちていた彼女の手は、なぜか小さく震えていた。 そして道代が置き忘れたポイントカードの下には、たった一言だけ書かれた紙が挟まっていた。 「相談があります」 5年前に笑った人と、笑われた人。 同じ喫茶店で再び向き合った二人を待っていたのは、思いもよらない老後の現実だった――。人生逆転|第二の人生|金銭問題8.6千字5 0 -
完結第6話
雨の夜の招待状
還暦を過ぎた林義子は、夫の書類カバンから一枚の招待状を見つける。 そこに書かれていたのは、夫・正雄と別の女性の名前。そして、3ヶ月後に京都の高級宿で開かれる結婚式の案内だった。 36年間、夫の食事を作り、薬を管理し、家計を守り続けてきた義子。だが夫はその裏で、共有財産を移し、退職金2200万円を隠し、新しい女との生活まで準備していた。 義子は泣かなかった。怒鳴らなかった。 ただ静かに証拠を集め、弁護士にすべてを託す。 そして迎えた結婚式当日。80人の招待客が見守る会場に、花嫁ではなく、1人の弁護士が現れる。 その瞬間、夫が夢見た新しい人生は崩れ始めた――。人生逆転|不倫|熟年離婚9.2千字5 1 -
完結第6話
スイスへ消えた妻
離婚届を突きつけられたその日、藤崎陽子は静かに住民登録を抹消し、スイス行きの片道航空券を握って成田空港に立っていた。 夫・達也は愛人の出産に付き添い、「跡取りが生まれる」と五十嵐家は歓喜に包まれていた。だがその直後、医師が告げた“ある一言”によって、彼らの幸せは一瞬で崩れ落ちる。 長年、嫁として、妻として、会社の実務担当として尽くしてきた陽子。しかし五十嵐家にとって、子を産めない彼女はただの“用済み”だった。 けれど彼らは知らなかった。人生逆転|夫婦|第二の人生8.5千字5 2 -
完結第5話
消された妻の通院日
「また病院か。大げさだな」 妻・さち子が胸の苦しさを訴えた朝、夫の週一はいつものようにそう言い捨てた。 長年、夫の通院準備、薬の管理、食事の塩分調整まで、すべてを黙って支えてきたさち子。だが彼女自身の診察予定は、カレンダーの隅に薄い鉛筆で書かれ、何度も消されていた。 息子の嫁・由香が見つけたのは、破かれた予約票、飲まれないまま隠された薬、そして引き出しの奧にしまわれた一通の紹介狀。 「私の分は、すべて後で」 その小さな文字に、家族の誰も気づかなかった。 そしてある朝、さち子は臺所で倒れる。 病院の受付で、週一は初めて知る。自分は妻の病名も、薬も、痛みが始まった日さえ知らなかったのだと――。人生逆転|夫婦|熟年離婚7.2千字5 59 -
完結第9話
老人ホームの話を聞いた夜
深夜2時、72歳の鈴木正雄は、偶然リビングから聞こえてきた家族の會話に足を止めた。 「じいじ、いつ追い出すの?」 孫の部屋を作るため、息子夫婦は正雄を老人ホームへ入れる計畫を立てていた。自分が建て、守ってきた家で、いつの間にか“邪魔者”になっていたのだ。 その夜、正雄はタンスの奧から一枚の書類を取り出す。 翌朝、彼は何も言わず家を出た。 數日後、旅行から戻った息子夫婦を待っていたのは、もう開かない玄関と、見知らぬ住人だった――。祖父母と孫|親不孝|孤獨|絶縁1.3萬字5 132