"スイスへ消えた妻" 第2話
ちょうどその、成田空港のロビーに搭乗始のアナウンスが流れました。
「スイス航空、チューリッヒきのお客様にご案内いたします」
私はキャリーケースのハンドルをく握りました。
もう迷いはありません。
ゲートへ向かって、歩を踏みします。
ヒールの音が、コツン、コツンと響きました。
さようなら、本。
さようなら、私のした愚かなたち。
これは逃げるのではありません。
私が私を取り戻すための、い旅の始まりでした。
内のシートにくを沈めると、エンジンのい振が体の奥まで伝わってきました。
私は窓のに広がるを見つめながら、静かに目を閉じました。
すると、忘れようとしていたまでの々が、ゆっくりと蘇ってきます。
嵐の嫁としての活。
それは、まるでのない鳥籠のできるような毎でした。
私の朝は、毎午に始まります。
の台所は骨までえ込んでいました。私はい息を吐きながら、鰹節を削り、番汁を取るところからを始めていました。
トントントン――。
静まり返ったに、包丁の音だけが響きます。
義父の総郎さんは、噌汁のがしでも違うと、黙って箸を置きました。
「今は塩気がいな」
その言だけで、私は臓を縮ませました。
義母の義子さんは、廊の隅に埃が落ちているだけで、いため息をつきます。
広告
「陽子さん、嵐の嫁として、もうし気を配れないの?」
私は慌ててをげました。
「申し訳ありません」
謝る必なんて、本当はないのに。
でも、いつのにか私は、呼吸をするように謝るになっていました。
嵐では、“完璧な嫁”であることが絶対だったのです。
事だけではありません。
私は嵐商事の経理と総務もに引き受けていました。
商億。
から見れば派な会社です。
けれど実際は、綱渡りのような経営でした。
取引先との英語メール。
資繰りの調。
税務処理。
との交渉。
それらを処理していたのは、すべて私です。
専務という肩きを持つ達也さんは、何をしていたのか。
接待ゴルフ。
み会。
社でスマートフォンを眺めるだけ。
それでも私は文句を言いませんでした。
夫婦とは支えうものだと、本気で信じていたからです。
私がになれば、このは輝ける。
そうっていました。
けれど、夜の卓は、いつも私を静かに傷つけました。
「陽子さん、今もダメだったの?」
義母の義子さんが、空になった茶碗を差ししながらたい声をします。
そのは分かっていました。
子供のことです。
私は線を落としました。
「……申し訳ありません」
「謝るだけなら誰でもできるのよ」
義母はで笑いました。
「嵐の嫁の役目はを守ることじゃないの。
広告
跡取りを産むこと。それだけなのよ」
その言葉が、胸にく刺さりました。
隣を見ると、達也さんは何も言わず事を続けています。
庇ってくれない。
助けてもくれない。
その横顔を見た瞬、私は悟りました。
このは、私を守る気がない。
夫婦の寝も、次第にえ切っていきました。
達也さんの帰宅はにに遅くなります。
「仕事が忙しい」
「付きいがある」
私は、その言葉を信じようとしていました。
でも、女の勘は恐ろしいほど正確です。
ある夜。
酔して帰宅した達也さんのスーツをハンガーに掛けていたでした。
ふわり、と甘いのりがしました。
私が使わない、濃なりです。
臓が、どくりと鳴りました。
私は震えるで、スーツのポケットを探りました。
からてきたのは、枚のカード利用細。
級ジュエリー。
万円のダイヤネックレス。
でも、そのは私の誕でも結婚記でもありません。
私は黙って細をポケットへ戻しました。
問い詰めれば、この常は壊れてしまう。
私は、そうってしまったのです。
私は嵐という名の鳥籠ので、声を殺して泣くしかありませんでした。
ぶことを忘れた鳥のように。
それでも私は、信じていました。
いつか報われるが来る。
いつか、このでも幸せになれる。
そうっていたのです。
の照がし落とされ、内が静かな暗さに包まれました。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
追放母の25億売却
お盆のため、長崎から東京の息子夫婦のペントハウスを訪れた田中春江。 亡き夫に手を合わせ、息子の好物を詰めた重箱を抱え、半日かけて上京した彼女を待っていたのは、温かな家族の食卓ではなかった。 嫁・里奈は春江の手料理を目の前で捨て、安いホテルの予約票を差し出す。さらに息子夫婦は、自分たちが旅行へ行く間、愛犬の世話だけを春江に押しつけようとしていた。 長年、息子のために働き続け、すべてを与えてきた母。だがその日、春江はようやく気づく。 自分は家族として呼ばれたのではない。ただ都合よく使われるために呼ばれただけだった。 その夜、春江は20年以上連絡を取っていなかった“ある人物”に電話をかける。 翌日、息子夫婦が暮らしていた天空の城は、静かに動き始めた――。人生逆転|親不孝|親子関係1.6萬字5 225 -
完結第9話
喪服の離婚届
父の三回忌法要へ行きたい。 ただそれだけの願いを、姑は「嫁なら婚家を優先しなさい」と切り捨て、夫・誠治は離婚届を投げつけて脅した。 「一歩でも外に出てみろ。その時は終わりだ」 10年間、夫と姑の顔色をうかがい、実家とのつながりさえ遠ざけられてきた由佳。けれど、亡き父を侮辱されたその瞬間、彼女の中で何かが静かに切れた。 由佳は黙って離婚届にサインし、そのまま家を出る。 夫はまだ知らなかった。 自分が見下してきた妻の実家が、実は彼の勤める会社と深く関わっていたことを。そして、隠してきた不正の証拠が、すでに集められていたことを。 翌朝、誠治がいつものように会社のゲートへ社員証をかざした時、扉は開かなかった――。因果応報|夫婦1.4萬字5 181 -
完結第7話
親友に夫を譲った日
家事、育児、義母の介護、そしてパート。 小島弥生は10年間、夫・友幸の家庭を支えるために、休む暇もなく働き続けてきた。 そんなある日、出張から戻ったはずの夫が、突然リビングで土下座する。 「お前の親友を妊娠させた」 隣にいたのは、大学時代から親友だと思っていた舞子だった。舞子は悪びれるどころか、勝ち誇った顔で言い放つ。 「旦那はもらうから、あんたは出ていって」 しかし弥生は泣き崩れることも、怒鳴ることもしなかった。 「喜んで」 そう答えた彼女は、実は5年前からすべてを知っていた。夫の裏切りも、親友の本性も、そして自分が見下され続けていたことも。 証拠、住まい、収入、義母の行き先。 すべての準備を終えた弥生が静かに家を出た3日後、舞子から血相を変えた電話がかかってくる。 奪ったはずの夫には、もう何も残っていなかった――。夫婦|熟年離婚1.1萬字5 895 -
完結第9話
捨てた妻の春
離婚したその日、吉田静香は妊娠3ヶ月だった。 夫・城戸隼人は初恋の女性と再婚するため、静香の涙にも気づかず離婚協議書に判を押した。そこには「婚姻中の子供なし」と記されていたが、静香のお腹には、すでに小さな命が宿っていた。 引き止めることも、告げることもせず、静香は1人で子供を産む決意をする。 生まれた息子・春を抱きしめながら、彼女は小さな写真館「時間」を開き、母として、写真家として、懸命に生きていった。 それから12年後。 春の卒業式に、成功した実業家となった隼人が来賓として現れる。何も知らないままステージに立った彼の前に、花束を抱えた1人の少年が歩み寄った。 その顔を見た瞬間、隼人の表情が凍りつく。 失った時間は、どれだけ金を積んでも戻らない。 12年越しに明かされる真実が、彼の人生を静かに崩していく――。夫婦|不倫1.4萬字5 471 -
完結第9話
喪服の隠し子
病弱だった妹・ユキが、結婚からわずか2年で突然この世を去った。 最愛の妹を見送る葬儀の最中、姉のサチは偶然、妹の夫・タクが誰かに電話している声を聞いてしまう。 「子供は大丈夫だ。バレてない」 ユキとタクの間に子供はいない。けれど亡くなる直前、ユキは確かにサチへ何かを伝えようとしていた。 「実家……子供がいる……」 妹が最後に残した謎の言葉。葬儀中に聞いた夫の不審な電話。そして、誰もいないはずの義実家にいた若い女性と幼い子供。 全てがつながった時、サチは初めて知る。 妹はただ病に倒れたのではない。夫とその家族に、何年も残酷な秘密を隠され続けていたのだ。 妹が最後まで伝えようとした真実を暴くため、サチは静かに動き出す。因果応報|人生逆転1.3萬字5 1055 -
完結第11話
赤ワインの逆転離婚
因果応報|夫婦1.6萬字5 1549 -
完結第15話
残り物少年の奇跡
「残り物をください。そしたら、あなたに歩き方を教えます」 高級レストランでそう言ったのは、破れた靴を履いた8歳のホームレス少年・翔太だった。 相手は、事故で歩く力も家族も希望も失った大富豪・佐藤孝志。世界中の医師から「もう歩けない」と告げられ、人生を諦めかけていた男だった。 ただ食べ物を求めて現れたはずの少年は、なぜか孝志の心の奥に隠された絶望を見抜いていた。 毎晩8時の夕食。少年の小さな手が、動かない足に触れるたび、孝志の中で何かが少しずつ変わり始める。 これは奇跡なのか、それとも少年が見つけた“生きる理由”なのか。 残された一皿のサーモンから、壊れた家族と失われた人生が静かに動き出す――。人生逆転|金銭問題2.3萬字5 218 -
完結第14話
51%の警備員
30年間、大成グループ本社の正門に立ち続けた年老いた警備員・大川松蔵。 社員の名前を覚え、体調の悪い者にはそっとコーヒーを渡し、誰よりも深く頭を下げてきた男だった。だがある日、会長の息子である専務・大森貴彦は、そんな松蔵を社員たちの前で罵倒し、胸の名札を乱暴に引きちぎる。 「今すぐ出て行ってください」 松蔵は何も言い返さず、床に落ちた名札を拾い、静かに会社を去った。 しかし翌日、貴彦を代表取締役に選任する臨時取締役会に、松蔵は古い背広姿で現れる。 昨日まで誰もがただの警備員だと思っていた老人。その正体を知った瞬間、経営陣は一斉に立ち上がり、彼に向かって深々と頭を下げた。 なぜ、30年間ロビーに立ち続けた警備員が、会社の運命を左右できるのか。 そして、引きちぎられた名札に隠されていた本当の意味とは――。因果応報|人生逆転2.1萬字5 2035 -
完結第8話
消えた仕送り720万円
真冬のある日、55歳の富代は、母の暮らす古いアパートを訪ねた。 部屋の中は外と変わらないほど冷え切り、母は暖房もつけず、毛布にくるまって震えていた。冷蔵庫にはわずかな食材しかなく、長年仕送りをしてきたはずの富代は胸を痛める。 「もっと仕送りを増やすね」 そう告げた瞬間、母は不思議そうに首をかしげた。 「仕送り? 知らないけど」 12年間、毎月5万円。合計720万円。 母のために送っていたはずのお金は、どこへ消えていたのか。疑念を抱いた富代が口座を調べ直すと、そこには夫と義家族が隠し続けていた信じがたい事実があった。 仕送り先を本来の口座に変えた日から、義母、夫、義姉の態度は一変する。 なぜ彼らはそこまで焦ったのか。 凍える母の部屋から始まった違和感は、30年の結婚生活を揺るがす真実へとつながっていく――。因果応報|人生逆転|金銭問題1.2萬字5 2234 -
完結第10話
車椅子妻の断罪
建築事務所の代表として成功し、銀座に複数の商業ビルを所有していた鈴木加奈。 しかし3か月前、現場での転落事故により下半身不随と診断されてから、彼女の人生は一変する。献身的な夫を演じる健二は、病室で薬に朦朧とする加奈の指を使い、財産と経営権を奪う書類に指印を押させていた。 さらに、加奈の回復の可能性を隠し、リハビリまで中止させていたことが判明する。 何も知らない患者のふりをしながら、加奈は密かに証拠を集め、夜ごと誰にも知られず足を動かす訓練を続けていた。 そして真夏のある日、健二は加奈を山奥へ連れ出す。 車椅子のブレーキを外れかけにしたまま、夫は妻を置き去りにした。 だが、夫の車が完全に見えなくなった瞬間、加奈は静かに顔を上げる。 彼女はもう、何もできない妻ではなかった――。因果応報|夫婦1.4萬字5 1441