"葬儀よりハワイ" 第3話
「なあ、1回ちゃんと病院にこう」
子は「そんなげさな」と言ったが、吉郎の顔が本気だと分かると、静かに頷いた。
2の、2はくの総病院を訪れた。担当医は検査結果を見ながら、言葉を選ぶようにし沈黙した。
そのわずかなが、すべてを物語っていた。
「肺がんです」
吉郎のの奥で、何かが鈍く鳴った。
「ステージはかなりんでいます。正直に申しげると、治療が難しい段階です」
医師は淡々と説を続けた。治療の選択肢、今の見通し、緩ケアという言葉。吉郎はほとんど何もに入らなかった。
ふと隣を見ると、子は静かにを向いていた。泣いてはいなかった。ただ膝ので組んだが、かすかに震えていた。
病院をて駐へ向かうで、吉郎はようやくをいた。
「子」
声が震えた。自分でもけないほどだった。
「丈夫だ。俺がついてる。何があっても俺がそばにいるから」
子は吉郎の顔を見げ、さく頷いた。
「うん。ありがとう、あなた」
その声はいつもと同じ穏やかさだった。
けれど吉郎には分かっていた。
子は今、自分の命の残りを静かに受け入れようとしているのだ。
先から、宅介護の々が始まった。
抗がん剤治療は子の体にきな負担をかけた。吐き気がひどく、事はほとんど喉を通らなくなった。体はみるみる落ち、頬がこけ、あれほど元気だった子がさくなっていった。
広告
入院を勧める医師もいた。だが子は首を振った。
「がいいの。あなたのそばがいい」
その言で、吉郎は覚悟を決めた。
こので、俺がこのの面倒を見る。
最まで。
79歳の吉郎にとって、介護は像を超える労働だった。
朝5に起き、まず子の体調を確認する。を測り、顔を見て、分を取らせる。それから台所にち、しでもべやすいように粥を炊いた。具のいいは柔らかく煮た野菜を添え、欲のないはすりおろしたリンゴだけでもに運んだ。
昼は体を拭き、着替えを伝い、布団をえる。子がうとうとしているに洗濯を回し、買い物にり、薬を管理する。
夜が1番つらかった。
子は夜に何度も目を覚ました。痛みでうなることもあれば、で眠れないこともあった。そのたびに吉郎はび起き、背をさすり、をませた。
「丈夫だ。俺がいるから」
何度も何度も、同じ言葉をかけ続けた。
吉郎自の体も限界にづいていた。腰には鈍い痛みがあり、膝はぎしぎしときしむ。肩はがらず、夜に起きるたびに目まいがした。朝、洗面所の鏡に映る自分の顔を見て、ぎょっとすることもあった。
それでも吉郎は1も休まなかった。
55、このが自分を支えてくれた。
おにぎりを作ってくれた。
噌汁を作ってくれた。
会社が潰れそうな、黙ってそばにいてくれた。
広告
今度は俺の番だ。
そんな々ので、吉郎がどうしても気にかかっていたことがあった。
正と、その嫁の美のことだった。
正は、母親がい病気だと聞いて当初は揺していた。「親父、何かできることがあったら言ってくれ」と話で言ってきたこともある。だが実際にを運ぶのは、に1度あるかないかだった。
仕事が忙しい。張が入った。週末も予定がある。
理由はいつもそんなところだった。
吉郎はそのたびに「分かった。無理するな」と答えた。息子にみ言を言うつもりはなかった。
だが美は違った。
美は子が倒れてから、ほとんど顔を見せなくなった。最初のうちはに1度ほど正と緒に来ていた。しかし、リビングに入るなり「わあ、ちょっと暗いですね、ここ」と言い、子の布団のそばに座ることもなく、ソファでスマートフォンをいじっていた。
滞は30分もなかった。
やがて2かに1度になり、3かに1度になり、いつしかまったく来なくなった。
6に入った頃、子の具がし落ち着いたがあった。吉郎はその、ふと自分の通院のことをいした。持病の血圧を見てもらうため、3かごとに病院へかなければならなかったが、介護に追われて半くすっぽかしていた。
しかし子を1にはできない。
吉郎はい切って、美に話をかけた。