"年収2000万円の夫、その創業史に私の名前はなかった" 第17話
その瞳には、以のような怯えも、尊な虚栄もなかった。ただ、同じ現を共する仲に対するような、静かな敬が宿っていた。
宴が終わり、片付けのが始まった。
厨のシンクには、社員や子どもたちが使った数枚の皿が積みがっている。夫はごく自然な作でスーツの着を脱ぎ、ワイシャツの袖を肘までまくりげた。
「俺、流しに入ります」
夫がそう言ってゴム袋をはめると、奥田社も笑いながら隣に並んだ。
「よし、創業メンバーの腕を見せてやるか」
が際よくスポンジに洗剤を含ませ、油の浮いた皿を洗い始める。美緒が運んできたトレーを受け取り、私が清潔な布巾で洗いがった皿を拭きげていく。
カチャ、カチャと、陶器が触れう軽やかな音が厨に響く。
その、美緒が流し台のにつ夫の背を見げ、悪戯っぽく目を細めた。
「パパ、今もお皿洗うの?」
夫はをかしたまま、苦笑いして振り返った。
「洗うよ。みんなで美しくべたんだからな」
「えー、でもパパ、収千万円の役員なのに?」
美緒のからかいに、奥田社が吹きし、厨にいた社員たちからどっと笑いが起きた。かつて庭を獄に叩き落としたあの言葉が、今ではただの族の冗談として、の空気のに溶けていく。
夫は皿の泡をで流しながら、わざと真面目な顔を作って言った。
広告
「いいか、美緒。収が千万円だろうが、億円だろうがな」
「うん」
「飯をったら、必ず汚れた皿がるんだ。だから、洗えるが洗う。それだけのことだ」
「そっか!」
美緒は満そうに笑い、次のトレーを取りにっていった。
千万円でも億円でも、べたら皿は汚れる。
そのあまりにも当たりで、あまりにも真っ当な言葉が、私の胸の奥によく染み渡っていった。誰が偉いか、誰が養っているか。そんな浅ましい物差しでの尊厳を測る代は、もう完全に終わったのだ。
片付けを終え、夕暮れのエントランスへると、たく澄んだが私の頬を撫でた。
「彩」
背から追ってきた夫が、私の隣に並んだ。
「ヶが過ぎたら……度、美緒とで、これからのことを話したい」
夫はまっすぐにを見つめていた。
「もう度緒に暮らしたいと、俺はってる。でも……それを決めるのは彩だ。おがどんなを選んでも、俺はそれを受け入れる」
私はの空を見げた。茜から群青へと移り変わるグラデーションのに、番が鋭くっている。
「そうね。ヶ経ったら、話しましょう」
私は穏やかに答えた。
元に戻るかもしれないし、別々のを歩むことになるかもしれない。どちらを選んでも、もう度と迷うことはない。私の元には、誰にも奪えない私自の歴史と、私自ので選んだ技術があるのだから。
「ママ、帰ろ!」
美緒がをり、振り返ってきくを振った。
「ええ、今くわ」
私は歩きした。夕暮れのへと続く本のを、自分ので、しっかりと踏みしめながら。