みかん小説
本棚

"もう私を「お母さん」と呼ばないで" 第11話

たいが、指先を刺す。

「……申し訳ありませんでした」

声にして言った。許してください、とは言わなかった。ただ、その名を呼び、奪ってしまった々のさを、肌にを当てて受け止めた。

背で、砂利を踏む規則正しい音がした。

振り返ると、黒いコートを着た拓也が歩いてくるところだった。には、真由美さんが好きだったという黄いフリージアの束があった。

拓也は私の隣に並び、を供え、線にをつけた。ちる煙が、の柔らかな差しのに溶けていく。

分、沈黙の祈りが続いた。

拓也がくをげ、顔をげた。

「叔母さんには、今ここに来ることを伝えてある。『あんたの好きにしなさい』って言われたよ」

「そう……」

墓所をて、暮里駅へと続く緩やかな坂を、で並んで歩いた。がつ、アスファルトのに並んで伸びている。

歩きながら、拓也がを向いたまま言った。

「静子さん」

その呼び名に、胸が瞬だけ微かに痛んだ。だが、それは正当な痛みだった。

「はい」

「って、母親を持っちゃいけないのかな」

私はを止めそうになり、踏みとどまった。桜の枝の隙から、青空が覗いている。

「……わからないわ」

私は歩調を緩めずに答えた。

「でもね。真由美さんがあなたのたったのお母さんであることは、がひっくり返っても変わらない。

広告

……それだけは、絶対に奪っちゃいけない事実よ」

拓也はを見つめたまま、さく頷いた。

「うん。俺も、そうう」

駅の改札ので、私たちはち止まった。

「送っていくよ」と言う拓也を、私は首を横に振って断った。

「で本だもの。自分で帰れるわ」

拓也はしの、私の顔を見つめていた。そして、さく会釈をした。

「じゃあ、また」

「ええ。体に気をつけてね」

拓也の背が、自改札の向こうの混みのへと消えていく。私はその姿が見えなくなるまで見送り、それから反対側のホームへと歩きした。

の旬。庭のスイートピーが、淡いのをつけた曜だった。

台所で夕飯の支度をしていた。筍の炊き込みご飯のりが、湯気と共にちっている。

カチャリ、と玄関の引き戸が自然にく音がした。靴を脱ぐ音。

「……勝に入って悪かったね。くの直売所で、いいキャベツがあったから」

台所の入りに、袋を抱えた拓也がっていた。休のラフなセーター姿。し伸びた髪が、に揺れていた。

袋を調理台のに置き、拓也が鍋の湯気を見つめた。

「……今、俺の飯はある?」

私は包丁を止め、しだけ笑った。

「たくさん炊いたわよ。お揚げも入ってる」

拓也は腕組みをして、しの、何かを迷うように線を泳がせていた。

そして、さく息を吸い込んだ。

「……母さん、俺がご飯を装うよ」

私のが、空で止まった。

お玉を握った指先が、微かに張る。

臓の奥が、ぎゅっと締め付けられた。涙が溢れそうになるのを、奥歯を噛み締めて必に堪えた。

振り返りはしなかった。泣き崩れて取り乱すような真似は、もう度としないと決めていた。

私はに持っていた茶碗を、丁寧に、静かに、調理台のに置いた。

あのの母親の席を奪った過を、私はもう言い訳にはしない。許されることも、罪が消えることも、この先ので決してありはしない。

だが。すべての欺瞞を剥ぎ取った焼け野原ので、この子がもう度そう呼んでくれた今というを。これからの残されたで、ただ静かに、切に抱きしめてきていこうとった。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: