"古希の夜、二人の嫁は手を引いた" 第14話
「良太……あんたからも何か言ってちょうだい……! 母さんをあんな狭い部にかせる気なの……!?」
良太は顔をげられず、膝ので握りしめた拳を見つめたまま、絞りすように呟いた。
「……無理だよ、母さん。俺、織と婚することになったら、養育費も払わなきゃいけないんだ。母さんのが儘に付きってる余裕なんて、どこにもないんだよ」
次男からも突き放され、義母は糸が切れた操り形のように、ソファーの背もたれへく崩れ落ちた。
テーブルのに散らばったシフト表が、虚しく蛍灯のを反射している。
誰として、義母に同の声をかける者はいなかった。
自業自得という言葉すらぬるい、のツケが完全に回ってきた景だった。
織は静かにちがり、バッグを肩にかけた。
「私、これで失礼します。調の類、良太さんに届くといますので、期には必ず来てくださいね」
織は良太を瞥もせず、私と音に軽く会釈をして、にリビングをてった。
その取りは、入ってきたとは比べものにならないほど軽やかだった。
良太もまた、居たたまれなくなったように「俺も帰る」と呟き、逃げるように玄関へと向かった。
リビングに残されたのは、私と夫、音、そしてソファーでさく丸まった義母のだけだった。
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い、い沈黙が落ちた。
義母は震えるで顔を覆い、膝ののハンカチを握りしめていた。
もはや喚く気力も、りを爆発させるエネルギーも残っていないようだった。
ので初めて、自分のい通りにならない現実の壁に、真正面から激突した老の姿がそこにあった。
「……お義母さん」
私が静かに声をかけると、義母の肩がピクリとねた。
「、俊と緒に産へって、契約の続きをめてください。末までの退期限は、たりとも延ばしません」
義母は顔をげなかった。
ただ、ハンカチを押し当てた目元から、粒の涙がポロポロと畳のに零れ落ちていた。
やがて、義母はゆっくりと顔をげた。
おしろいが涙で剥がれ落ち、ひどく老け込んだ顔だった。
義母の濁った瞳が、夫でも音でもなく、真っ直ぐに私に向けられた。
「……千里さん」
かすれきった、消え入りそうな声だった。
「引っ越すに……あなたとだけで、きたい所があるの」
「……どこへくつもりですか」
私の問いに、義母は震える指先でバッグの留めを弄びながら、消え入りそうな声で呟いた。
「あの坂のの……古いよ」
瞬、何の冗談かとった。
義母が告げたのは、内の部に広がる古い宅の名だった。 、義父がの連帯保証を引き受けて莫な借を背負い、差し押さえられて放すことになった、黒田の元の持ちがあった所。
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あの、あのを競売で失い、つの古びたスーツケースだけを持って私の元へ転がり込んできた義父母を、私は昨のことのように覚えている。
「あそこはもう、のですよ」
「分かってるわ」
義母はうつむいたまま、々しく首を振った。
「誰のになってるかもってる。でも……見にきたいのよ。私が本当に持っていたはずの所を」
私は黙って義母の髪混じりの頂部を見つめた。 りや呆れを通り越し、奇妙な静けさが胸の奥に広がっていくのをじていた。
「分かりました」
私はのキーをに取った。
「きましょう。今、ここで全てを終わらせるために」
初の陽射しが、フロントガラスをく照りつけていた。
助席の義母は、シートベルトを両でく握りしめ、度もをこうとしなかった。 カーナビの指示に従って急な坂をっていくと、かつて閑静な宅だった丘陵は、築の建売宅がち並ぶ見らぬ並みへと姿を変えていた。
をの端に止め、エンジンを切る。
「……ここよ」
義母が擦れた声で言った。
指差した先には、黒塗りのガルバリウム鋼板で覆われた、真しいモダンな階建てのが建っていた。 ガレージには見慣れない輸入がまり、庭先には幼い子供用の輪が置かれている。 義父母が暮らしたという、瓦根の面など欠片も残っていなかった。