"十八万円を浮かせたい義母の計算" 第16話
「あ……あ……」
義母の喉から、掠れた空気の抜ける音が漏れた。そして、今度は私をギロリと睨みつけ、震える指先を突きつけてきた。
「あんたね……! あんたが美紀さんを誑かしたのね?! 昔はあんなに素直に『はい、分かりました』って被ってた癖に! 族のために尽くすのが嫁の務めでしょうが! 族を何だとってるのよ!」
族のために。その言葉がた瞬、私の胸ので、分のたいりがカチリと音をてて結晶化した。
私はゆっくりと、座敷の畳にをついた。をげるためではない。この女の歪んだ世界を、永に断ち切る言葉を放つためだ。
「お義母さん」
私の声は、自分でも驚くほど静かで、平坦だった。
「お義母さんの言う『族のため』には、いつも私のしか入っていませんでした」
義母の息が止まる。
「お義父さんが倒れたも、のがりないも、由美さんたちをケチったも。お義母さんが『族みんなで』と言う、差しされていたのは常に、私の体力と、私のキャリアと、私の尊厳だけでした」
私は顔をげ、義母の目を真っ直ぐに見据えた。
「自分の見栄と銭のために、のを削り取ることを、世では『族』とは呼びません。……単なる搾取です」
座敷のに、完全な沈黙が訪れた。
義母はを半きにしたまま、両を震わせて座卓に縋り付いていた。
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もはや、言い返す言葉は文字も残っていなかった。男の正志さんは両で顔を覆い、次男の聡史はく項垂れている。
男たちの沈黙が、義母の完全な孤を証していた。
私はそれ以、言も発しなかった。用された料理にはもをつけず、静かにちがった。コートをに取り、座敷の襖をける。
「織さん」
美紀さんがちがり、私に続いて座敷をてきた。
が玄関へ向かう音が、板張りの廊に響く。私が靴を履き、コートに腕を通そうとした、そのだった。
バタバタと乱暴な音が廊を駆けてきた。
「織さん……! 待ちなさいよ!」
引き戸の向こうからびしてきた義母が、私のコートの袖を、骨張った指先で掴み取った。その着物は乱れ、髪は振り乱れ、目は血っていた。
「待ちなさい……! かないでよ! あんた、昔はあんなに言うこと聞いてくれたじゃない! 『丈夫です』って笑って、何でもやってくれたじゃないの! なんで……なんでこんなになっちゃったのよ……!」
願とりが入り混じった、見苦しい叫びだった。
私はち止まり、掴まれた自分の袖を見ろした。かつて作業で、と荒塩にまみれながら、この女の嫌を取るために差しし続けていた腕だ。
私はを伸ばし、義母のえ切った指先を、現でを解体するのような無慈な力で、本ずつ剥がした。
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パッと袖を引き戻す。
「いいえ」
私は酷に言い放った。
「私が変わったんじゃありません。今まで、断れなかっただけです」
義母の指先が、私のコートの袖から滑り落ちた。
板張りの玄関に、カサリと乾いた布の擦れる音が落ちる。背で義母が息を呑み、何かを言い返そうとして喉を詰まらせた気配がした。だが、私は度も振り返らなかった。
アルミサッシの引き戸をける。夜の気が、瞬でを帯びた頬と首筋を包み込んだ。吐きした息が、真っな煙となって暗がりへ消えていく。
「織さん!」
背から呼ぶ声がして、砂利を踏む慌ただしい音がづいてきた。夫の聡史ではない。男の正志さんだった。
正志さんは着も羽織らず、のセーターのまま夜のにびしてきていた。その肩は寒さでさく震え、眉にはい苦悩が刻まれていた。
「……正志さん」
私がを止めると、正志さんは私の正面にち、く、くをげた。
「すまなかった。本当に、今まで……申し訳なかった」
掠れた声だった。京の企業で課職を務め、親族のでは常に理な男として振るっていた男が、夜のアスファルトので、次男の妻に対して腰を直角に折っていた。
「正志さんが謝ることではありません」
私が平坦な声で返すと、正志さんは顔をげた。
その目には、羞恥と悔が赤く滲んでいた。
「美紀から、ので全部聞いたんだ。