"4000円を頼んだ私に、死んだはずの父から4000万円" 第16話
父がサインを入れたのは、者の切れだった。
「杉浦先」
私はちがり、然と並ぶ枚のを見ろした。
「の午、柴田税理士の事務所へこの類を持ち込みます。千万円全額を独した医療支援の信託座へ移し、母の治療費・入院費の領収と引き換えでなければ円もできない法続きを完させてください。贈与税の申告漏れも、親族からの遺留分侵害請求も、切発させない形で」
「……承いたしました」
杉浦弁護士はく、度だけをげた。その瞳には、先ほどまでの事務なたさはなく、こちらの頑なな覚悟に対する奇妙な敬のようなものが宿っていた。
子のの父は、もう何も言わなかった。の額に汗を滲ませ、さく肩を揺らして息をえている。その老いた姿を背にして、私は悠と共に会議のい扉を押しけた。
廊にた瞬、肺の底に溜まっていたい空気をすべて吐きした。
「奈」
隣を歩く悠が、そっと私のを握った。の油と属の匂いが染みついた、くて節くれだった掌。
「よく言ったな」
「……、ガクガクしてる」
自嘲気に呟くと、夫はさく笑った。
「俺もだよ。あんな派な部で、の条会をにしてさ。臓が止まるかとった」
その言葉に、張っていた頬の筋肉がしだけ緩んだ。
広告
私たちは豪の遺産に平伏すことも、甘い言葉に魂を売り渡すこともなかった。自分たちので、自分たちの所へ戻るための切符を、自分たちので掴み取ったのだ。
翌週、母の精密検査入院の結果がた。
循環器医療センターの診察。担当の内科医は、何枚もの造CT画像と臓エコーの波形をディスプレイに並べ、ゆっくりと振り返った。
「カンファレンスでの厳密な評価の結果、お母様に対する『経カテーテル脈弁置換術(TAVI)』の適応が、正式に承認されました」
医師のからたその言葉に、私の背筋がピンと伸びた。
「治療が……受けられるんですね」
「ええ。太ももの付け根の血管からカテーテルを入れ、臓ので弁を広げる治療です。胸をきくく必がないため、現のお母様の体力でも分に乗り越えられます。程は来の初旬で押さえました」
診察に同席していた医療ソーシャルワーカーの女性が、柔らかな笑みを浮かべてファイルをいた。
「梨さん、費用の件ですが、事に限度額適用認定証の続きを済ませておきました。お母様は民税非課税世帯に該当しますので、額療養費制度を利用すれば、ひとの窓負担限額はかなりく抑えられます。差額ベッド代や入院の事療養費を含めても、退院に必な現は数万円程度です」
広告
ソーシャルワーカーの丁寧な説を聞きながら、私は膝ので握りしめたに力を込めた。
あの、座に千万円が振り込まれた、私はどこかで錯覚していたのだ。さえあれば、最の特効薬がに入り、母の病気が魔法のように瞬で消えるのではないかと。
けれど、現実は違った。母を救うのは、医学な適用基準という徹な科学であり、米で積みねられてきた度な医療技術であり、そしてこの国が築きげてきた医療保障制度だった。
千万円というおは、病気を治す魔法の杖じゃない。ただ、私たちが制度の説を落ち着いて聞き、怯えずに正しい医療を選択するための、たく頑丈なに過ぎないのだ。
「先、よろしくお願いします。母を……助けてください」
私が々とをげると、医師は力く頷いてくれた。
病へ戻ると、母は窓のの空を見つめていた。点滴のスタンドに繋がれ、パジャマの胸元をさくさせている。
「お母さん、決まったよ。来、カテーテルの治療が受けられるって」
ベッドの脇に腰をろして伝えると、母はゆっくりと私に線を向けた。その瞳に、かすかな堵のが揺れる。
「……そうかい。受けられるのかい」
「うん。胸を切らなくていいんだって。の血管から管を通すだけだから、体への負担はずっとないって」
母は井を見げ、く、い息を吐きした。