"4000円を頼んだ私に、死んだはずの父から4000万円" 第3話
「の病院代だ」
その枚の千円札のみが、私の胸を激しく締めつけた。座にはが軒買えるほどのがあるのに、夫が汗垂らして稼いできた千円だけが、痛いほど現実だった。
「この千万には、をつけないでおこう。何があっても」
夫のその言葉に、私はただく頷くことしかできなかった。
翌朝、私たちは母をタクシーに乗せ、隣町の循環器専病院へ向かった。支払いは、夫が置いてくれた千円札から済ませた。初診料と検査代で千百円。残りは百円。母の検査が始まると、私は病院の待を抜けし、にくの区役所へと向かった。
どうしても、自分の目で確かめなければならなかった。
窓で数料を払い、に入れた通の。私の「戸籍謄本」。
ベンチに座り、震える指で用を広げた。父の欄。そこには、幼い頃に見た記憶の通り、母の名だけが者として記載されていた。だが、備考欄の細かな活字を追っていくうちに、息が止まった。
昭。私が歳の。「認」の文字。そして、そこに記されていた男の名。
条正隆。
実していた。母の妄でも、同姓同名の別でもない。私は確かに、この「条正隆」という男の娘として、公の類に刻まれていたのだ。
なぜ母は、んだと嘘をつき続けたのか。なぜ、以も音信通だった男が、母が倒れたこのタイミングで、私の座に突如として千万円ものを放り込んできたのか。
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区役所をると、の空からたいがり始めていた。コートの襟をかきむしるようにわせたその、ポケットのでスマートフォンが震えた。
画面を見ると、局番「03」から始まる、見覚えのない固定話の番号。
嫌な予が背筋を駆けがった。指先を震わせながら、通話ボタンをスライドさせる。
「もしもし、梨奈様のお話でよろしいでしょうか」
に届いたのは、驚くほどく、磨き抜かれた革靴のように滑らかで落ち着いた男性の声だった。
「……はい。どちら様ですか」
「突然のお話、失礼いたします。私、条正隆先の代理を務めております、弁護士の杉浦と申します」
条正隆。
その名を第者のから聞いた瞬、臓が鐘を打った。
「……何の、ご用ですか」
「昨、梨様の座へ着が確認できているかとじます。条先が、あなたをお探しでいらっしゃいました。度、直接お目にかかりたいとく望まれております」
弁護士の調には、切の迷いも淀みもなかった。まるで、企業の商談のアポイントメントを取り付けるような、徹な礼儀正しさ。
私の胸の奥で、何かがぷつりと音をてて切れた。
「お探しだった……? 失礼ですが、がわかりません」
たいが、私の髪を濡らしていく。
「探していたなら、なぜ、度も来なかったんですか? なぜ、母が倒れて病院代にも困っているこの瞬に、同もなしに千万なんてを投げつけてくるんですか!?」
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話の向こうで、弁護士はく息を吸い、静かに答えた。
「そのすべてを、直接条先ご自のからお話ししたいとのことです。お母様のご容態についても、条先は変案じておられます」
「母を巻き込まないでください!」
「梨様。拒絶されるお気持ちは々承しております。ですが、条先に残されたおも、そうくはございません」
弁護士の静かな声が、の音に混じってたく響いた。
「度だけで結構です。お話しだけでも、聞いてはいただけないでしょうか」
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指定されたのは、横浜駅にあるホテルのラウンジだった。末の喫茶ではなく、の入りがく、密にならない所を選んだのは、私の精杯の自だった。
約束の午。ネイビーの仕ての良いスーツを着た初老の男が、会釈をしながら私のの席に腰をろした。
名刺入れから取りされたには、「杉浦法律事務所 弁護士 杉浦誠郎」と端正な活字で刷り込まれていた。
「おをいただき、謝いたします」
杉浦弁護士はそう言うと、持参したい革のブリーフケースから、枚の面を取りしてテーブルのに滑らせた。そこには、の振込証の控えと、銭の性質に関する覚のようなものが並んでいた。