"十日間の偽出張と冷めた半熟卵" 第10話
『今の午、叉堂で会いましょう』
分、夫から『わかった』とだけ返信があった。
午、私は叉堂の引き戸をけた。
油とタレのばしい匂いが充満する内で、が私を見るなり声をげた。
「おや、奥さん! 今はおかい? いつものカルビでいいかい?」
「はい、いつものをお願いします」
窓際のテーブル席に座り、運ばれてきた肉を網に乗せた。煙がちる、ドアのベルが鳴り、グレーのコートを着た弘が入ってきた。
彼は私の向かいに座り、網のの肉を見て眉をひそめた。
「わざわざこんな所まで呼びすなんて、何の話だよ」
「あなた、ここのカルビが好きだったじゃない」
弘は居悪そうに線を落とし、いをいた。
「美咲……昨は悪かった。おを無断で貸したことも、病でを空けたことも、僕が軽率だった。君の気持ちを無していたよ。本当にすまなかった」
彼にしては珍しい、プライドを捨てた全面な謝罪だった。
しかし、私のには何の波もたなかった。
「弘、桜さんがあなたをここに誘ったのよね?」
夫の顔が、瞬で凍りついた。
「……どうして、それを」
「やっぱり本当だったのね」
私は淡に肉を裏返した。
「残業の帰りに、たった度だけ夜をべに寄っただけだよ!」
「彼女、どこに座ったの? 今、私が座っているこの席でしょう?」
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夫は唇を固く結び、答えなかった。その沈黙が、何よりの肯定だった。
「私の席にあの女を座らせて、私たちのいのをべさせたのね」
私は箸を置き、コートをに取ってちがった。
「美咲、待ってくれ! 誓ってやましい関係なんてないんだ!」
「浮気をしていないから許されるとっているの? 私たちが切にしてきた所にあの女を連れてくることの方が、私にとっては浮気よりも遥かに残酷な裏切りよ」
私は夫の制止を振り切り、をびした。
たいが吹き抜ける歩で、追いかけてきた弘が叫んだ。
「わかったよ! そんなに嫌なら、庭裁判所へって婚届をそう! 君が僕のから消えてしまうくらいなら、もう終わりにしよう!」
私はち止まり、背越しにその言葉を聞いた。
振り返ることはせず、私はそのままを向いて歩きした。
角を曲がったところで、私はゆいに話をかけた。
「ゆい、決めたわ。婚する。あのマンションは私の名義にして売却するわ。の割は私の貯からしたのよ」
「……わかった。腕利きの女性弁護士を紹介するわ」
翌、私は半休を取り、紹介された法律事務所を訪れた。
担当の女性弁護士は、私の持参した預通帳との送記録を確認し、力く頷いた。
「特財産の証は完璧です。マンションの売却益の半は、あなたのものとして確保できますよ」
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事務所をた、スマートフォンに桜からの着信履歴とメッセージが入っていた。
『万円、全額面できました。今、お会いして直接謝罪したいです』
指定された表参のカフェへ向かうと、桜は清楚なベージュのニットを着て、殊勝な面持ちで座っていた。
「美咲さん、本当に申し訳ありませんでした。でも、部とのには本当に何もやましいことはないんです」
私はたいアイスコーヒーをみ、彼女の目をまっすぐに見据えた。
「叉堂へこうと言ったのは、どちらかしら?」
桜の表が張った。
「……私が、言いました。部のデスクの待ち受け画面に写っていた写真を見て、美しそうですねって言ったら、連れてってくださったんです」
私の席だとりながら、彼女は夫を誘いしたのだ。無邪気さを装った残酷な侵略。
「もういいわ」
私は席をった。
「あなたたちのに肉体関係があろうとなかろうと、私の庭は壊れたのよ」
カフェをると、すぐに弘から話がかかってきた。
「美咲、桜さんに会ったのか!? あの子を悪者だと責めないでくれ!」
受話器の向こうの夫の声を聞きながら、私は静かに通話を切った。
、弘から「きりで、もう度だけ静に話したい」と連絡があった。
実のくにある、落ち着いた純喫茶の個。
私が扉をけると、そこにはやつれきった弘がで待っていた。
テーブルのには、注文された茶のティーポットが置かれ、い湯気が静かにちっていた。
私は静かに席に着き、バッグから枚の類を取りした。緑の枠線が印刷された、私の署名捺印済みの婚届だった。
「これが、私の答えよ」
弘は湯気を見つめたまま、微だにせずそのを見つめていた。私たちのの歳が、静かに幕をろそうとしていた。