みかん小説
本棚

"妻の浄水器は粗悪品、義母のキッチンには84万円" 第1話

「奥さん、これ……うちの製品じゃないですよ」

キッチンのに膝をついた作業員が、取りしたばかりの黒ずんだ円筒を指先で回しながら言った。

20267、うだるような気が淀む阪府枚方。

はアスファルトが陽炎で揺れ、締め切ったダイニングにはぬるい空気が充満していた。

シンクのにち尽くす私の元で、作業員の田さんが眉をひそめている。

「……え?」

私の喉から、かすれた声が漏れた。

「うちの製品じゃないって、どういうことですか? 半、夫がメーカーの正規品を取り寄せて自分で交換したって言っていたんですけど」

田さんは首を横に振った。

袋越しに持ちげられたカートリッジは、接続部分のプラスチックが無理やり削られ、無惨ない引っかき傷が無数についていた。

「これ、ネット通販なんかで回っている製の価な互換品です。しかも型番がまったくっていません。注入の径が違うのを、カッターかヤスリで削って力任せにねじ込んでありますね」

「削って……?」

「ええ。隙から微細なプラスチック片がフィルターの内部に流れ込んでいます。ここ、見てください」

田さんが指し示したフィルターの網目には、のぬめりと共に、正体の濁った沈殿物がべっとりとこびりついていた。

「パッキンも噛みっていませんから、隙から未ろ過のと削りカスがそのまま混ざってていたはずです。

広告

……奥さん、この、毎んでました?」

の芯が、ぐらりと揺れた。

毎朝、やかんで沸かして夫に淹れていた緑茶。

しでも節約になるからと、の晩からにつけて炊いていた麦飯。

、パートから帰ってきて喉がカラカラのときに、コップに注いで気にみ干していたあの。

胃の奥から、たいものがせりがってくる覚がした。

私はわず元をで押さえ、シンクの縁にすがりついた。

「ちょっと待ってください。そんなはずないんです。だって夫は、ちゃんと『純正の箱』を持って帰ってきたんです。週にも、玄関の靴箱のにメーカーの青いロゴが入った段ボールが届いていて……」

そこまで言いかけて、息が止まった。

あの箱。

確かに届いていた。

夫は「おは触らなくていい、休みのに俺が取り替えておくから」と言って、箱をそのまま自分の部へ持っていったはずだ。

田さんは作業用タブレットを取りし、端末の画面を数回タップした。

「確認しますね。……浩様のご契約。ええと、枚方里園……ご自宅の登録はこちらですね。お客様、うちの定期購入コースの最位カートリッジをご契約されていますよ」

「最位……?」

「はい。に回、番グレードのい能フィルターが自発送されるプランです。直ですと、先のに確かにお届け完になっています」

広告

画面には、確かに夫の名と、見慣れたがの所が表示されていた。

回あたり、万千百円。

「……じゃあ、その届いた正規品は、どこへったんですか?」

私の問いに、田さんは困ったように苦笑いを浮かべ、線を泳がせた。

「それは……私どもには分かりかねます。ただ、現この械に装着されていたのは、数百円から千円程度で買えるノーブランドの模造品です。それも、いつから使い回されているか分からないくらい劣化しています」

血の気が引いていくのが、自分でもはっきりと分かった。

の先から急速に体温が奪われ、真のキッチンにいるはずなのに、背筋が凍りつくように寒い。

夫は毎、計簿をつける私に向かってこう繰り返していた。

「今もギリギリなんだから、余計なは使うなよ」

「物価で会社の業績も厳しいんだ。美、もっと爪にを灯す気でやってくれ」

その言葉を信じて、私はこの、スーパーの見切り品シールを追いかけ、自分のための買い物をすべて回しにしてきたのだ。

それなのに。

届いていたはずの、万千百円の正規品はどこにある?

どうしてがのキッチンには、カッターで削られた粗悪なゴミがねじ込まれていたのか。

「作業、断してもらっていいですか」

私は震える声で田さんに告げ、エプロンのポケットからスマートフォンを取りした。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: