"「次男にこの家を譲ります」義母が宣言したのは私名義の家だった" 第18話
でも、やっぱり正座はもう無理みたいで……。階段をりるのも、すりに両でしがみついて、段ずつカニ歩きじゃないとりられません」
亮介は自嘲気に息を吐いた。
「母さん、川崎の駅くにある階の賃貸アパートに決まりました。築数は古いですが、段差がなくて、スーパーも徒歩分です。俺のからもいから、毎朝顔をせますし……賃は、母さんの遺族のでギリギリ払える額です」
「そう」
「俺がもっとく、母さんの妄を止めていればよかったんです」 亮介はに線を落とし、絞りすように言った。 「母さんが『を譲る』って言いした、俺、のどこかで『兄貴の奥さんのなら、親族なんだから甘えてもいいんじゃないか』って、甘い期待を持っていました。その甘えが……結局、兄貴のも、俺のも、母さんのプライドも、全部ぶっ壊した」
私は何も言わなかった。 反省の言葉を受け入れることはできても、奪われかけたの傷が消えるわけではない。
その、軋むような音とともに、居の襖がいた。
現れた義母の姿に、私は瞬、息を呑んだ。
料亭で見た、あの威堂々とした「本の奥様」の面は、どこにもなかった。 化粧気のない顔にはい皺が刻まれ、腰はわずかに曲がり、引きずるように歩くが痛々しい。 着ていたのは、親族ので見せていた価な紬の着物でものスーツでもなく、毛玉のついたなフリースだった。
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義母は私を瞥すると、気まずそうに線を逸らした。 傲なりも、ヒステリックな罵声も消え失せ、そこにあったのは、ただの老いた女のささだった。
居の畳のには、何枚もの段ボール箱が積みになっていた。 ガムテープの貼られた箱には、油性ペンで几帳面に文字がかれている。
『座布団 客』 『親戚用皿・漆器揃え』 『掛け軸・壺』
「……これ、全部処分するのよ」
義母が、誰に言うでもなく呟いた。 その声はかすれ、部のたい空気に吸い込まれていく。
「しい部は、畳と畳半のしかないから。こんなもの、つも入らないわ」
「母さん、もう親戚を集めて法事や宴会をすることなんてないんだから、いいだろ」 亮介が静かに諭す。
義母は段ボール箱の角にそっとを触れた。
「……親戚が集まるたびにね、みんなが褒めてくれたのよ。派なおですね、さすが藤澤の本ですねって。あの……お父さんが事業に失敗して、借取りに追われてを失った、親族からい目で見られて、本当に惨めだった。親戚の冠婚葬祭にっても、端っこの席でさくなって……」
乾いた唇から、漏れるような告だった。
「だから……このに来た、嬉しかったのよ。こんな派なにめれば、もう誰にも見されない。お父さんの無をらせる、藤澤のを取り戻せるって……そうっちゃったのね」
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私は義母の横顔を、静かに見つめた。 、鍵を渡したの義母の涙。 あれは私への謝であると同に、「失われたプライドを取り戻すための台装置」をに入れた歓だったのだ。
「でも、お義母さん」 私の静かな声に、義母の肩がピクリとねる。 「そのプライドを買い戻すための代を払っていたのは、あなたでも、お義父さんでも、藤澤でもありません。私です」
義母の目が、揺れた。
「あなたが親族ので皿を広げ、本の女主として振るっていた。固定資産税を払い、災保険を更し、の名義を守り続けていたのは私です。私の善を勝に自分の柄にすり替えて、最にはその決定権まで奪おうとした。……それは誇りではなく、ただの横領です」
容赦のない事実の刃。 義母は反論しようとをきかけたが、喉の奥からさな嗚咽が漏れただけだった。 膝のに置かれた義母のが、ぎゅっとフリースを握りしめる。
「……悪かったわよ」 絞りすような、掠れた声だった。 「悪かったわよ、美咲さん……。調子に乗ってたのよ、私が。あんたの優しさに甘えて、いつのにか、全部自分のものだと錯覚してたのよ……」
涙が、義母の皺だらけの頬を伝い落ちた。 それは、頑なに鎧い続けた「藤澤本」という名の虚妄が、完全に剥がれ落ちた瞬だった。