"「お母さんのところに行きたい」9年後に届いた娘の声" 第14話
で肩を並べて、湯気のつコンロを見つめる。 甘い汁の匂いが、厨を満たしていく。
格好に膨らんだ卵焼きをまな板に移し、包丁で切り分ける。 形は歪だったけれど、断面からはじわりと汁が滲みていた。
「……べてみて」
結がお箸で端っこをつまみ、に運ぶ。 もぐもぐと咀嚼して、瞳を輝かせた。
「美しい……! 形は変だけど、お母さんのになってる!」
「でしょう? 汁と砂糖の割さえ違えなければ、庭のになるの」
嬉しそうに笑う結の横顔を見ながら、私は胸の奥が温かいもので満たされるのをじていた。 失われたの、ほんの数ミリを、こうして埋め戻していく。 それだけで分だとっていた。
けれど、現実はそう単純ではなかった。
距が縮まるにつれて、私のに眠っていた「母親」という本能が、制御を失って暴し始めていた。
結が帰ったあとも、スマートフォンが放せなくなった。
『無事に埼玉のアパートに着いた?』 『今夜の夕飯は何にしたの? コンビニ弁当ばかりじゃ駄目よ』 『はだから、傘を忘れないようにね』
毎のように、細々としたメッセージを送り続けた。
最初のうちは、結も『着いたよ』『今は自炊したよ』と丁寧に返してくれていた。 だが、週、週と経つうちに、返信のテンポが目に見えて遅くなっていった。
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既読がついてから、返信までに半かかる。 には、スタンプつで済まされることも増えた。
胸の奥が、ざわりと波打つ。 また嫌われたのだろうか。 私の何気ない言が、あの子を傷つけたのだろうか。 に耐えかねて、私はさらに追い打ちをかけるようにメッセージを連投してしまった。
『結、体調悪いの?』 『仕事、忙しいの? 無理してない?』 『何かあったら、何でもお母さんに相談してね』
画面の向こうからの沈黙が、恐怖となって私の喉を締めげた。
事件が起きたのは、初に差し掛かるの連休だった。
週末、結がに来る予定になっていた。 私は朝から張り切って、結の好きな筑煮を炊き、タッパーに詰め、分けにした凍のお惣菜をクーラーバッグいっぱいに準備していた。 暮らしの栄養を補ってあげたい。母親らしいことを、何つしてやれなかった分を、今すぐ埋めわせたい。
そのだった。
昼過ぎ、に入ってきた結の顔を見て、息が止まった。 目のに濃い隈があり、肌は荒れ、らかに疲弊していた。
「結、丈夫!? すごい顔よ!」
わず駆け寄り、その肩にを伸ばした。
「ちゃんと寝てるの? 仕事、残業させられすぎなんじゃない? そんなブラックな会社、辞めた方がいいんじゃないの? お母さんのを伝いながら、京で暮らせばいいじゃない」
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関銃のように言葉を浴びせかけた、その瞬だった。
「……やめて」
たい、拒絶の声だった。
結は私のを、ピシャリと払い落とした。 痛烈な拒絶に、私の指先が空で凍りついた。
「結……?」
結は肩をらせ、唇を噛み締めて私を睨みつけていた。 その瞳には、涙と、やりのない苛ちが渦巻いていた。
「お母さん、いよ」
喉の奥を、ハンマーで殴られたような衝撃だった。
「毎毎、監みたいにメッセージ送ってきて……。 仕事でデザインのコンペで、夜までチームで詰めてるに『く寝なさい』『ご飯べた?』って……。 配してくれるのは分かる。嬉しいよ。でも……」
結はく、震える息を吐きした。
「お母さん、私、もう歳じゃないんだよ」
内の空気が、瞬で凍りついた。
「歳なの。社会なの。 仕事が変なのも、残業が続くのも、自分で選んだなの。 辛いことくらいあるよ。でも、自分で乗り越えなきゃいけないの。 それを『会社を辞めろ』とか『京に来い』とか……そんなの、お父さんがやってたことと何が違うの!?」
臓が、握りつぶされるように痛んだ。
お父さんがやってたことと、何が違うのか。
その言葉が、私の胸に鋭利なガラス片のように突き刺さった。
過剰な配。 相の領域への無断の踏み込み。 自分の寂しさと罪悪を埋めるために、子供を自分の元に囲い込もうとする独善。
私は、修司を軽蔑していたはずだった。 子供のをコントロールしようとしたあの男を、許せないと糾弾したはずだった。