"「お母さんのところに行きたい」9年後に届いた娘の声" 第13話
あのだらけの作業着ではなく、どこかで調達したのか、の物のジャンパーを羽織っている。 それでも寒さを防ぎきれないのか、肩を刻みに震わせていた。
「……誠さん」
声をかけると、誠さんはビクッと肩をねさせ、恐る恐る顔をげた。
「……真紀さん」
わせる顔がない、と言わんばかりに線を泳がせている。 私はバッグから、あの茶い封筒を取りした。 に入っていた、返された万円札。
私はそれを、誠さんの胸元に突きした。
「これ、受け取ってください」
誠さんは弾かれたように両をろに引いた。
「無理です! これ以、あなたからを恵んでもらうわけにはいきません! 俺が何をしたか……結ちゃんと真紀さんに、取り返しのつかないことをしたんだ。 そんな、受け取れるわけがない!」
「恵むんじゃない」
遮るように、い調で言った。
「これは、貸すんです。 あなたが自分のでって、最初のお料をもらったら、きっちり万円にして返しに来てください」
誠さんが目を見いた。
「……え?」
「をてどうするの。また別の駅で空き缶を拾うの? 膝を壊して、凍えて、端で倒れるまでそれを続けるつもり? そんな逃げ方をして、あの子に、罪悪を背負わせる気?」
誠さんの喉が、ゴクリと鳴った。
「結はね、昨、修司さんと決着をつけたの。
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歳ののとして、父親の支配から抜けしたわ。 ……誠さん、あなたはどうするの。 いつまで修司さんのに怯えて、惨めな被害者のふりをして逃げ回るつもり?」
誠さんの目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。 汚れたジャンパーの袖で、必に顔を拭っている。
「俺……どうしたらいいか、分からないんです。 科はないけど、職歴に空があって、体も壊してて……む所もないのに、雇ってくれるところなんて……」
「だから、ここに来たの」
私は背にある区役所のガラス扉を指差した。
「活困窮者の自支援窓がある。 居確保付の続きや、ハローワークと連携した就労支援の相談に乗ってくれる所よ。 私のの常勤スタッフも、昔ここを通じて雇ったことがあるからってる。 所がなくても、な宿泊所を案内してくれる制度もあるわ」
誠さんは呆然と、巨な庁舎を見げた。
「……俺なんかが、そんなところにってもいいんでしょうか」
「当たりでしょう。そのための制度なんだから」
私は万円札を、誠さんの張ったのひらに押し込んだ。
「支援が決まるまでの数、温かいご飯をべて、面接に着ていく清潔な着を買いなさい。 ……これは、結のためじゃない。 あなたが、としてやり直すための切符よ」
誠さんはのの幣をじっと見つめた。
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やがて、そのに両膝をつきそうになるのを、私は咄嗟に腕を掴んで引き止めた。
「やめて。をげる暇があるなら、窓にって。 ……待ってるから。あなたがちゃんと働いて、この万円を返しに来るを」
誠さんは唇を激しく噛み締め、涙を流しながら、何度もくをげた。
「……必ず、返します。 ぬ気で働いて……絶対に、真紀さんに返しにきます」
背筋を伸ばし、擦り切れたスニーカーで区役所の階段をがっていく誠さんのろ姿を、私はたいので見送った。
もう、過の共犯者ではない。 自分ので、現実の沼からいがろうとする、の男の背だった。
結とのしいは、ゆっくりと、けれど確実に刻まれ始めた。
約束の曜、結は過ぎにへやってきた。 私のおがりのエプロンを腰に巻き、緊張した面持ちで厨のフライパンのにつ。
「加減は、よりしめ。 油を引いたら、菜箸の先に卵液をつけて落としてみて。ジュッと音がしたら注ぐの」
「……こう?」
結がおっかなびっくり、ボウルから溶き卵を流し込む。 ジュワッという音とともに、い黄の幕が広がる。
「そう、。奥からに、菜箸で優しく巻き込むのよ」
「待って、破れそう! あ、崩れた……!」
フライパンの隅で、ぐちゃりと潰れた卵の塊を見て、結がけない声をげた。
「いいのよ、最初なんだから。もう回奥に寄せて、空いたところに卵液をせばリカバリーできるから」