"「お母さんのところに行きたい」9年後に届いた娘の声" 第2話
、その言に縛られて、私は息を殺してきてきたのだから。
アパートの玄関をけると、いつものたい静寂が迎えた。
蛍灯の紐を引く。 狭いキッチンには、の朝番で炊くための研ぎ終えた米が、ボウルのでを吸っている。
、歳でをた。 持ってきたのは、着替えを詰めたスーツケースつと、わずかな個の貯だけだった。
当歳、学だった結の親権を修司に渡したのことを、忘れたはない。
修司は埼玉の物流会社で管理職をしており、実の敷内に軒を構えていた。 対する私は、の厨でのパート暮らし。朝も夜もなく働き、収は取りで万にも満たなかった。
婚の協議がむ、庭裁判所の調で、調査官は事務な調で私に告げた。
『お子さんの活環境の継続性を考えますと、転を伴わず、経済基盤の定している父親側での監護が現実かとわれます』
子供の志が尊される齢です、と調査官は付け加えた。 そして、修司が提した陳述には、結の言葉としてこう記されていた。
『友達とれたくない。お父さんとここに残る』
結を奪われたのではない。 私が、結を育てるための台を持っていなかったのだ。
それでも、別れて暮らしても母親でいられると信じていた。
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に度の面会交流。それが私たちの公正証に記された、唯の約束だった。
最初の半、約束は辛うじて守られた。 だが、季節が巡るごとに、修司からの連絡は滞りがちになった。
『今はテストの補習があるから無理だ』 『邪を引いて寝込んでいる。そっとしておいてやってくれ』
宮駅の改札で、買ったばかりの文具の包みを抱え、待ちぼうけをらったこともある。 約束のを過ぎて届いた修司からのメールには、たっただけかれていた。
『結が、今は会いたくないと言っている』
話をかけても、結がることはなかった。 をいても、返事は来なかった。
そして結が歳になったの。 私の狭いポストに、通のい封筒が届いた。
宛名には、私の名。 裏面には、埼玉の所と、結の名。
震える指で封した便箋には、見覚えのある、あのし丸みを帯びた結の跡で、こうかれていた。
『お母さんへ。 に入って、しい活が忙しくなりました。 もう、無理に連絡をしてこないでほしいです。 お父さんにも迷惑がかかるから。 体に気をつけて元気でいてください』
跡を疑う余はなかった。 が代したものではない。結自が、自分のでいた文字だった。
あの切れを読んだ夜、私はアパートの流し台ので、声を押し殺して吐いた。
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喉の奥が引き裂かれそうだった。
結は、私のそのものを負担にじている。 京で必に惣菜の油汚れにまみれながら、娘の名を呼ぶことすら、あの子にとっては迷惑な押し付けでしかなかったのだ。
私は、連絡を絶った。 誕にも、お正にも、度とを送らないと決めた。 それが、母親としてあの子に残せる、唯の誠だとい込もうとした。
そうして、が過ぎた。
の午。 ランチの営業を終え、買いしから戻ってポストをけただった。
チラシの束のに、ずしりとみのある茶い角形封筒が挟まっていた。 宛名には、黒の油性ペンで力くかれた私の名。
裏返すと、差の欄には所もなく、ただこう記されていた。
『 誠』
臓が嫌なね方をした。 袋をした指先に、じんわりとたい汗が滲む。
あのおではりなかったのだろうか。 もっと無するために、私のまいを突き止めてを寄越したのか。 、兄の威を笠に着て私を罵倒したあの男が、落ちぶれた果てに私にすがりつこうとしているのか。
部に入り、コートも脱がずにハサミで封筒の端を切り落とした。
から滑りてきたのは、つのものだった。
つ目は、さく折り畳まれた、真しい万円札が枚。 つ目は、ドラッグストアで売られているような、っぽいレポート用の切れ端。