みかん小説
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"台所の生贄、義母の黒革手帳" 第1話

えたステンレスの縁に触れた指先が、じんわりと体温を奪われていく。

目のの流し台には、茶い油が縁にこびりついた皿や、米粒がからからに乾きかけた茶碗、赤噌の沈殿した汁椀が、格好な塔のように乱雑に積みなっていた。華鍋の底にはえて固まった脂がく浮き、使い古されたスポンジは、誰かが最に雑に絞った形のまま、泡の消えた黄い背を丸めている。

その横のまな板には、途で放りされたきゅうりの輪切りが転がり、切りから滲んだ青臭い分が肌に染みを作っていた。ぶりのザルには千切られたレタスが気を失って萎れ、煮物の残骸がこびりついた鉢が、すり鉢状のを落としている。

背の襖は、センチほどけ放たれていた。 そこから漏れてくるのは、座敷用の平たい蛍灯が照らす、黄く濁った温かなだ。

「あっはっは、達也、おそれ本当かよ」 「本当だって。美穂姉ちゃんこそ、昔っからそういうとこ全然変わってないじゃないか」

夫である達也の、し擦った楽しげな声が響く。続けて、義姉の美穂の甲い笑い声と、ビールの栓を抜く属な気よい音がなった。畳のでを崩し、座卓を囲んでいるのは、達也と美穂、それに義父の修造と、義母の文恵だ。

座卓の真んには、所の仕しから届いたばかりの豪勢なオードブルの箱と、元の銘酒の瓶が鎮座している。

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テレビからは野球の甲子園の歓声と属バットの鈍い打球音が流れ、井の扇が首を振るたびに、甘ったるい煮汁の匂いとアルコールの匂いが混ざりったぬるいが台所まで流れてきた。

誰も、こちらを見ない。 襖の隙から見えるその景は、完成された枚の族写真のように隙がなく、最初から私というのためのスペースなど、畳のには畳分も用されていないことを雄弁に物語っていた。

私は、ぬるくなった洗い桶のに浸かっていた箸を引きげ、親指の爪でこびりついた米粒を削ぎ落とした。

ピシリ、とさな音がした。 それは米粒が剥がれた音だったのか、それとも私の胸の奥で、ものあいだ張り詰めていた細い糸が、音をてて千切れた音だったのか、自分でも判然としなかった。

すべては、の義母からの話から始まっていた。

「忙しいなら、今のお盆は来なくていいのよ。無理しないで」

受話器の向こうの文恵の声は、どこまでも柔らかく、いやりに満ちているように聞こえた。蝉の声が話の向こうで激しく鳴り響き、くで義父が咳払いをする気配がしていた。

「本当によろしいんですか、お義母さん。転職したばかりで、まだも満に取れなくて……。お盆の直まできな案件の引き継ぎが入ってしまって」

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「いいのよ、いいの。体が番切なんだから。達也と翼ちゃんだけでも顔を見せてくれれば、私たちは分だからね。ゆっくり休みをとってちょうだい」

その言葉を真に受けて、私は々とをげ、何度も礼を言った。 今の、私は勤めた品メーカーのマーケティング職を辞め、方創や農産物の次産業化をがける興のベンチャー企業へと転職していた。業務は激規模ゆえに岐にわたり、残業続きで、夜遅くに帰宅してはメイクも落とさずソファで倒れるように眠り込むが続いていた。

だから、義母のその言は、渇いた喉に注がれるのようにありがたかった。 夫の達也にその旨を伝えると、彼はテレビから目をさぬまま、「ふーん、そうなんだ。じゃあ俺と翼だけで先に幹線でくよ。母さんもそう言ってくれてるんだし、たまにはでで羽を伸ばせば?」と、至極気軽に応じたのだった。

の結婚活で、初めてきりで迎えたお盆の朝。 目覚ましをかけずにのように眠り、昼に目を覚ましたとき、部に差し込むの静けさに涙がそうになった。掃除をかけ、溜まっていた洗濯物を干し、自分のためだけに淹れたドリップコーヒーをにしたとき、自分がいかに擦り減っていたかを痛した。

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