"父親になりたくないなんて、一度も言ってない" 第8話
だった。
けれど、義母はそこで言葉を切ると、痛ましそうに眉を寄せた。
「でもね、奈美さん。……悠介は、私の息子なのよ」
胸の奥に、太い針が突き刺さったような痛みがった。
「あの夜、あの子の顔を見て、私、胸が潰れそうだった。子どもの頃から、自分の欲しいものをしてに譲るような子だったけれど……あんな、全部を諦めきったような顔、初めて見たわ」
義母の瞳に、うっすらと涙が滲んでいた。
「あの子、ちっとも幸せそうに見えないのよ。奈美さんを守るために必で、自分のを無理やり殺してるんじゃないかって……そう見えて仕方ないの」
反論の言葉が、何つてこなかった。 否定したかった。 そんなことはない、悠介は自分で納得してくれた、私たちはこれからで幸せになるんだと、叫びたかった。 けれど、先週の夜、ベランダで夫が呟いた声が元に蘇る。
――父親になりたくないなんて、度も言ってないよ。
「奈美さん、らないで聞いてね」 義母は私の膝のに、そっとをねた。
「あなたたちは、これからどうやってきていくの? 子どもを持たないと決めたその先に、でどんな未来を描いているの? ……あの子のあの暗い目を、あなたはどうやってるくしてあげるつもりなの?」
答えられなかった。 喉の奥がカラカラに渇き、唇が刻みに震えた。
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私には、何もなかった。 ただ「子どもを産みたくない」「自分のを守りたい」と主張し続け、夫の求をね除けることだけに全エネルギーを注いできた。 その求を夫が取りげた、夫のぽっかりと空いたの穴を何で埋めるのか、のをどう再構築していくのか、何つ具体な絵を描けていなかったのだ。
で、カチャリと扉がく音がした。 夫が帰ってきた。
義母は何事もなかったかのように私のから指をし、ちがった。 「お茶、しく淹れてくるわね」
背を向けた義母のカーディガンの丸みが、ひどくさく見えた。 玄関から「買ってきたよ」とるい夫の声が響く。 私はただ、え切った自分ののひらを、く、く握りしめることしかできなかった。
の最の連休をにした、曜の夜だった。
夕の、夫はダイニングテーブルで古いカメラの入れをしていた。 結婚するから使っているレフカメラ。 ブロアーでレンズの埃を丁寧に吹きばすシュッシュという音が、静かなリビングに響いている。
私はソファでノートパソコンをき、来期の商品企画に目を通していた。 仕事に集しようとしても、義母の言葉がかられず、同じを何度も読み返してはスクロールを戻していた。
「奈美」
レンズキャップをカチリとはめながら、夫が触れもなくをいた。
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「ん? 何?」
「来の連休、で野にってこようとう」
キーボードを叩く指が、止まった。
顔をげると、夫はカメラを布で拭きながら、ごく自然な調子でこちらを見ていた。 表に棘はなかった。 ただ、スーパーへ牛乳を買いにく予定を伝えるような、平坦な声だった。
「……で?」 「うん。曽のほうをし歩いて、葉の残りを撮ってこようかなと。温泉宿も、なら直でも取れそうだし」
臓が、嫌な音をててねた。
結婚して、夫が私を置いて「で旅にく」なんて言いしたことは、度もなかった。 実に泊するでさえ、必ず私と緒だった。 張以で夫とれて過ごす夜なんて、片で数えるほどしかなかった。
「どうして、急に?」 パソコンの画面をし倒し、夫の目をじっと見つめた。
「急でもないよ。からし、で静かに写真を撮りにきたいとってたんだ」
「……その連休、私、空けられるよ」 咄嗟に言葉がた。 声がし擦っていた。
「曜に企画の締め切りがあるけど、曜のうちに倒しで終わらせれば休める。私も緒にこうか? 曽、ってみたいとってたし」
必だった。 のに広がりつつある空を、何としても埋めたかった。 緒に旅へけば、また以のように笑いえるのではないか。 あの旅を取りやめてからずっと漂っている、このたい空気を吹きばせるのではないか。